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Soseki Natsume: KOKORO こころ(4)


(四)


On parting in Kamakura, as Sensei prepares to return home to Tokyo, the narrator asks if he can call on Sensei at his home sometime. He receives an affirmative, though less enthusiastic than hoped for, response. Several weeks after his own return to Tokyo, he makes an initial visit, only to find Sensei away. On his next visit, when he again finds Sensei away, he learns from Sensei's wife that Sensei makes monthly visits to the gravesite of a friend.


東京とうきょうへ帰かえった私わたくしは、

先生せんせいの家いえに行いった。

しかし、先生せんせいは、いなかった。





私わたくしは、月つきの終おわりに

東京とうきょうへ帰かえった。


先生せんせいが帰かえったのは

それより、ずっと前まえだった。


私わたくしは

先生せんせいと別わかれる時ときに、

「これから、時々ときどき

 先生せんせいの家いえに、うかがっても

 よいでしょうか」

と聞きいた。


先生せんせいは

簡単かんたんに、ただ

「ええ、いらっしゃい」

と、言いっただけだった。


その時ときの私わたくしは

先生せんせいと、かなり親したしくなったつもりでいたので、

先生せんせいから

もう少すこし何なにかの言葉ことばを

期待きたいしていたのである。


先生せんせいの簡単かんたんな返事へんじで

私わたくしは、少すこし、がっかりした。


私わたくしは、こういうことで

よく先生せんせいから失望しつぼうさせられた。


先生せんせいは

それに気きが付ついているようでもあり、

また、全まったく気きが付ついていないようでもあった。


私わたくしは、また、

軽かるい失望しつぼうを繰くり返かえしながら、

そのために先生せんせいから離はなれようとは、

思おもわなかった。


むしろ、それとは反対はんたいに、

不安ふあんになるたびに、

もっと前まえへ進すすみたくなった。


もっと前まえへ進すすめば、

私わたくしの期待きたいするものが、

いつか、目めの前まえに、現あらわれて来くるだろう

と思おもった。


私わたくしは若わかかった。


けれども

すべての人間にんげんに対たいして、

同おなじような気持きもちを持もったわけではない。


私わたくしは

なぜ、先生せんせいに対たいしてだけ、こんな気持きもちになるのか

わからなかった。


それが

先生せんせいの亡なくなった、今日こんにちになって、

初はじめて、わかって来きた。


先生せんせいは、初はじめから

私わたくしを嫌きらってはいなかったのである。


先生せんせいが時々ときどき示しめした

冷つめたい挨拶あいさつや動作どうさは、

私わたくしを嫌きらい、私わたくしを避さけるためではなかったのである。

(避さける:to avoid)


かわいそうな先生せんせいは、

自分じぶんに近ちかづこうとする人間にんげんに対たいして、

近ちかづくほどの価値かちのないものだから、止やめなさい

という警告けいこくを与あたえたのである。

(近ちかづく:to approach)
(警告けいこく:warning)


ひとのあたたかさを感かんじられない先生せんせいは、

ひとを嫌きらう前まえに、

まず、自分じぶんを嫌きらっていた。




私わたくしは、もちろん

先生せんせいを訪たずねるつもりで

東京とうきょうへ帰かえって来きた。


帰かえってから

授業じゅぎょうの始はじまるまでには

まだ二週間にしゅうかんあるので、


そのうちに、一度いちど、行いっておこう

と思おもった。


しかし

帰かえって、二日ふつか三日みっかとたつうちに、

鎌倉かまくらにいた時ときの気分きぶんが

段々だんだん薄うすくなって来きた。


そうして、その上うえ

にぎやかな大都会だいとかいの空気くうきで、

以前いぜんの生活せいかつを思おもい出だし

すっかり気分きぶんが変かわってしまった。


私わたくしは

道みちで学生がくせいの顔かおを見みるたびに

新あたらしい学年がくねんに対たいする

希望きぼうと緊張きんちょうとを感かんじた。

(緊張きんちょうを感かんじる:to feel nervous)


私わたくしは、しばらく

先生せんせいのことを忘わすれた。




授業じゅぎょうが始はじまって、一カ月いっかげつばかりすると

私わたくしの心こころの緊張きんちょうが、また、薄うすれ始はじめた。


私わたくしは

何なんだか不満ふまんそうな顔かおをして

通とおりを歩あるき始はじめた。

(不満ふまん:dissatisfaction)


何なにか不満ふまんそうに

自分じぶんの部屋へやの中なかを見回みまわした。


私わたくしは、再ふたたび

先生せんせいの顔かおを思おもい出だした。


私わたくしは、また

先生せんせいに会あいたくなった。




初はじめて先生せんせいの家いえを訪たずねた時とき、

先生せんせいは留守るすだった。

(留守るす:absence)


二度目にどめに行いったのは、次つぎの日曜にちようだと

覚おぼえている。


晴はれた空そらが気持きもちいい日ひだった。


その日ひも、先生せんせいは留守るすだった。


鎌倉かまくらにいた時とき、私わたくしは

先生せんせい自身じしんの口くちから、

いつでも、たいてい家いえにいる

ということを聞きいた。


むしろ外出がいしゅつが嫌きらいだ

ということも聞きいた。

(外出がいしゅつする:to go out)


二度にど、来きて

二度にどとも会あえなかった私わたくしは、

その言葉ことばを思おもい出だして、

理由りゆうのない不満ふまんを

どこかに感かんじた。


私わたくしは

すぐ玄関げんかんを去さらなかった。

(去さる:to leave)


下女げじょの顔かおを見みて

少すこし困こまったまま、そこに立たっていた。

(下女げじょ:maid)


この前まえ、私わたくしが来きたことを

覚おぼええていた下女げじょは、

私わたくしを待またせておいて

また、中なかへ、はいった。


すると、奥おくさんらしい人ひとが

代かわって出でて来きた。


美うつくしい奥おくさんだった。




私わたくしは

その人ひとから、丁寧ていねいに

先生せんせいが、どこへ行いったのか

教おしえられた。


先生せんせいは、毎月まいつき、その日ひになると

雑司ヶ谷ぞうしがやの墓地ぼちの、ある墓はかへ

花はなを持もって行いくのだそうである。

(墓地ぼち:graveyard)


「たった今いま、出でたばかりで、

 十分じっぷんになるか、ならないかでございます」

と、奥おくさんは

気きの毒どくそうに言いってくれた。


私わたくしは、頭あたまを下さげてから

外そとへ出でた。


にぎやかな町まちの方ほうへ、少すこし歩あるくと、

私わたくしも、散歩さんぽしながら、

雑司ヶ谷ぞうしがやへ、行いってみようと思おもった。


もしかしたら、先生せんせいに会あえるかもしれない

と思おもった。


それで、すぐ

雑司ヶ谷ぞうしがやへ向むかって歩あるき始はじめた。


Soseki Natsume: KOKORO こころ(3)


(三)


私わたくしは、先生せんせいと

話はなしをするようになった。





私わたくしは、次つぎの日ひも

同おなじ時刻じこくに海うみへ行いって

先生せんせいの顔かおを見みた。


その次つぎの日ひにも

また同おなじことを、繰くり返かえした。


けれども、話はなしをする機会きかいも、

挨拶あいさつをする機会きかいも、

二人ふたりの間あいだには起おこらなかった。

(機会きかい:a chance; an opportunity)


先生せんせいは、一人ひとりで

同おなじ時刻じこくに来きた。


誰だれとも話はなしをせずに、

一人ひとりで、帰かえって行いった。


まわりが、いくら、にぎやかでも、

ほとんど、気きにしていないようだった。


最初さいしょ、いっしょに来きた西洋人せいようじんは

その後ご、まるで、姿すがたを見みせなかった。


先生せんせいは、いつでも、一人ひとりだった。




ある時とき、先生せんせいが、例れいのとおり

さっさと海うみから上あがって来きて、

いつもの場所ばしょで、

脱ぬいだ浴衣ゆかたを着きようとすると、


なぜか、

その浴衣ゆかたに、砂すなが、いっぱい付ついていた。


先生せんせいは、後うしろを向むいて、

浴衣ゆかたを二に、三度さんど、振ふった。


すると、着物きものの下したに置おいてあった眼鏡めがねが

板いたの間あいだから、下したへ落おちた。

(着物きもの:kimono, 服ふく)


先生せんせいは、着物きものを着始きはじめてから

眼鏡めがねの失なくなったことに気きが付ついたようだった。


先生せんせいは、急きゅうに

まわりを探さがし始はじめた。


私わたくしは、すぐ、

いすの下したへ、首くびと手てを入いれて

眼鏡めがねを拾ひろった。


先生せんせいは、ありがとう、と言いって、

それを私わたくしの手てから受うけ取とった。




次つぎの日ひ、私わたくしは

先生せんせいの後あとにつづいて

海うみへ飛とび込こんだ。

(飛とび込こむ:to jump into)


そうして、先生せんせいと、いっしょの方向ほうこうに

泳およいで行いった。


しばらく泳およぐと

先生せんせいは、後うしろを向むいて

私わたくしに話はなしかけた。


私わたくしたち二人ふたりのまわりには、

広ひろい青あおい海うみ以外いがいには

何なにもなかった。


強つよい太陽たいようの光ひかりで、

あたりの水みずと山やまが、輝かがやいていた。


私わたくしは

自由じゆうと喜よろこびを体中からだじゅうに感かんじながら

海うみの中なかで踊おどるように

体からだの筋肉きんにくを動うごかした。


先生せんせいは、また

手足てあしを動うごかすのを止やめて

空そらの方ほうを向むいて

波なみの上うえに寝ねた。


私わたくしも、その真似まねをした。


「気持きもちいいですね」

と、私わたくしは

大おおきな声こえを出だした。




しばらくして、

海うみの中なかで

起おき上あがるような姿勢しせいをした先生せんせいは、

「もう帰かえりませんか」

と、私わたくしに言いった。

(起おき上あがる:to sit up)


体からだが丈夫じょうぶな私わたくしは、

もっと、海うみの中なかで遊あそんでいたかった。


しかし、先生せんせいに、そう言いわれた時とき、

私わたくしは、すぐ

「ええ帰かえりましょう」

と、答こたえた。


そうして、二人ふたりは、また

岸きしまで泳およいで戻もどった。




私わたくしは、それから

先生せんせいと親したしくなった。


しかし

先生せんせいが、どこに、泊とまっているかは

まだ知しらなかった。


それから、ちょうど三日目みっかめの午ご後ごだった

と思おもう。


先生せんせいと茶屋ちゃやで会あった時とき、

先生せんせいは、突然とつぜん、私わたくしに向むかって、

「君きみは

 まだ、大分だいぶ、長ながく、ここにいるつもりですか」

と聞きいた。


特とくに考かんがえていなかった私わたくしは

どう答こたえればよいのか、わからなかった。


それで

「よく、わかりません」

と答こたえた。


しかし

にやにや笑わらっている先生せんせいの顔かおを

見みた時とき、


私わたくしは、急きゅうに、はずかしくなった。

(はずかしい:to be ashamed)


そこで、私わたくしは、

「先生せんせいは?」

と聞きいた。


この時とき

私わたくしは初はじめて

先生せんせいという言葉ことばを使つかった。




私わたくしは、その晩ばん

先生せんせいの宿やどを訪たずねた。


宿やどといっても普通ふつうの旅館りょかんと違ちがって、

広ひろい寺てらの中なかにある

別荘べっそうのような建物たてものだった。

(別荘べっそう:villa)


そこに住すんでいる人ひとが

先生せんせいの家族かぞくではないことも

わかった。


私わたくしが

先生せんせい、先生せんせい、と呼よびかけるので、

先生せんせいは、少すこし笑わらった。


私わたくしは

年上としうえの人ひとに対たいして、そう呼よぶ癖くせがある、

と言いって、謝あやまった。

(年上としうえ:senior)
(癖くせ:a habit)


私わたくしは

この間あいだの西洋人せいようじんのことを

聞きいてみた。


先生せんせいは

彼かれの変かわったところや、

もう鎌倉かまくらにいないことなど、

いろいろな話はなしをした。


それから、

日本人にほんじんでさえ、あまり交際こうさいをもたないのに、

そういう外国人がいこくじんと親したしくなったのは

不思議ふしぎだ

と、言いったりした。

(交際こうさい:friendship)


私わたくしは、最後さいごに、先生せんせいに向むかって、


どこかで先生せんせいを見みたように思おもうけれども、

どうしても思おもい出だせない

と、言いった。


若わかい私わたくしは、その時とき

もしかすると

相手あいても私わたくしと同おなじような感かんじを

持もっているかもしれない

と思おもっていた。


そうして、心こころの中なかで

先生せんせいの、そういう返事へんじを

期待きたいしていた。


ところが、先生せんせいは

しばらく考かんがえたあとで、

「どうも

 君きみの顔かおを見みた覚おぼえは、

 ありませんね。

 何なにかの間違まちがいじゃないですか」

と言いった。


私わたくしは

一種いっしゅの失望しつぼうを感かんじた。

(失望しつぼう:disappointment)


Soseki Natsume: KOKORO こころ(2)


(二)


私わたくしは、海岸かいがんの茶屋ちゃやで、

先生せんせいに会あった。





私わたくしが、その茶屋ちゃやで

先生せんせいを見みた時ときは、


先生せんせいが、ちょうど服ふくを脱ぬいで

これから海うみへ入はいろうとするところだった。


私わたくしは、その時とき、反対はんたいに

濡ぬれた体からだで

水みずから上あがって来きたところだった。


二人ふたりの間あいだには

たくさんの黒くろい頭あたまが動うごいていた。


特別とくべつの事情じじょうがなければ、

私わたくしは

先生せんせいに気きが付つかなかったかもしれない。

(事情じじょう:a reason; circumstances)


それほど海岸かいがんは混雑こんざつし、

それほど私わたくしの頭あたまは、ぼんやりとしていた。

(混雑こんざつする:to be crowded)
(ぼんやり:absent-minded, vague)


それでも、私わたくしが

すぐ先生せんせいを見みつけたのは、

先生せんせいが

一人ひとりの西洋人せいようじんをつれていたからである。

(西洋人せいようじん:a Westerner)




その西洋人せいようじんの、

とても白しろい肌はだの色いろが、

茶屋ちゃやへ入はいると、すぐに、

私わたくしの注意ちゅういをひいた。

(注意ちゅういをひく:to get attention)


普通ふつうの日本にほんの浴衣ゆかたを着きていた彼かれは、

それを脱ぬいで

いすの上うえに置おいたまま、

腕うでを組くんで、海うみの方ほうを向むいて、立たっていた。

(浴衣ゆかた:yukata)
(腕うでを組くむ:to cross his arms)


彼かれは

我々われわれのはくさるまたの外ほかは

何なにも着きていなかった。

(さるまた:short drawers)


私わたくしには

それが第一だいいち、不思議ふしぎだった。


私わたくしは、その二日前ふつかまえに

由井ゆいが浜はままで行いって、

砂すなの上うえに座すわって、長ながい間あいだ

西洋人せいようじんの海うみへ入はいる様子ようすを

眺ながめていた。


私わたくしの座すわったところは

少すこし高たかい丘おかの上うえで、

そのすぐ近ちかくに、ホテルがあったので、


私わたくしが、じっとしている間あいだに、

大分だいぶ、多おおくの男おとこが

海うみで泳およぎに出でて来きた。


しかし、みんな、胴どうや腕うでや股ももは

出だしていなかった。

(胴どう:waist)
(股もも:thigh)


女おんなは、特とくに体からだを隠かくしていた。


そういう様子ようすを

見みたばかりの私わたくしの目めには、

さるまただけで

みんなの前まえに立たっている、この西洋人せいようじんが

とても珍めずらしく見みえた。




彼かれは、やがて、横よこを見みて、

そこにいる日本人にほんじんに、

一言ひとこと、二言ふたこと、何なにか言いった。


その日本人にほんじんは

砂すなの上うえに落おちたタオルを

拾ひろい上あげているところだったが、


それを取とると

すぐ頭あたまを包つつんで、

海うみの方ほうへ歩あるき出だした。


その人ひとが、すなわち、先生せんせいだった。




私わたくしは

何なんとなく興味きょうみがあったので、

並ならんで海うみへ歩あるいて行いく二人ふたりの姿すがたを

じっと見みていた。


すると、彼かれらは

まっすぐに、波なみの中なかに入はいって行いった。


そうして、

浅あさいところで、わいわい騒さわいでいる、大勢おおぜいの人ひとの間あいだを

通とおり抜ぬけて、


人ひとの少すくないところまで来くると、

二人ふたりとも泳およぎ出だした。


彼かれらの頭あたまが小ちいさくなるほど

遠とおくまで泳およいで行いった。


それから、また、まっすぐに泳およいで、

戻もどって来きた。


茶屋ちゃやへ帰かえると、

水みずも浴あびずに、すぐ体からだを拭ふいて

服ふくを着きて、さっさと、どこかへ行いってしまった。




彼かれらの出でて行いった後あと、

私わたくしは、やはり、いすに座すわったまま

たばこを吸すっていた。


その時とき、私わたくしは

ぼんやりと、先生せんせいのことを考かんがえた。


どうしても、どこかで見みたことのある顔かおのように

思おもわれた。


しかし、いつ、どこで、会あった人ひとか

思おもい出だせなかった。




その時ときの私わたくしは

退屈たいくつに苦くるしんでいた。

(退屈たいくつ:boring)


それで、次つぎの日ひも、また

先生せんせいに会あった時刻じこくに

わざわざ茶屋ちゃやまで出でかけてみた。


すると西洋人せいようじんは来こないで

先生せんせい一人ひとり、やって来きた。


先生せんせいは、眼鏡めがねをとって

台だいの上うえに置おいて、

すぐタオルで頭あたまを包つつんで、

すたすた、海うみの方ほうへ下おりて行いった。


先生せんせいが、昨日きのうのように

騒さわがしい海水浴かいすいよくの客きゃくの中なかを

通とおり抜ぬけて、

一人ひとりで泳およぎ出だした時とき、


私わたくしは、急きゅうに

その後あとを追おいたくなった。


私わたくしは、水みずの浅あさいところを走はしって

ある程度ていどの深ふかさのところまで来くると、

そこから、先生せんせいに向むかって泳およいだ。


すると、先生せんせいは

昨日きのうと違ちがって、


一種いっしゅの曲線きょくせんを描えがいて、

妙みょうな方向ほうこうから

岸きしの方ほうへ、帰かえり始はじめた。

(曲線きょくせん:curve)


私わたくしが、岸きしへ戻もどって

濡ぬれた手てを振ふりながら

茶屋ちゃやに入はいると、


先生せんせいは、もう、ちゃんと服ふくを着きていて、

外そとへ出でて行いってしまった。


Soseki Natsume: KOKORO こころ(1)


こころ(KOKORO)


夏目なつめ漱石そうせき(Soseki Natsume)



上じょう 先生せんせいと私わたくし


(先生せんせい:older man(先さきに生うまれた人ひと))


Part I - “Sensei and I”


As the novel opens, the narrator has been left on his own in Kamakura after his friend, who invited him to vacation there, is called home by his family. One day, after finishing his usual swim in the sea, he takes notice of a man in the changing house who's there with a foreign guest, preparing to head for the water. He sees the same man each day thereafter, though no longer with his foreign companion. After some days, he finds occasion to make the man's acquaintance. As they grow closer, he comes to refer to the man as “Sensei.”



(一)


私わたくしは、夏休なつやすみに、

鎌倉かまくらの海うみに行いく。





私わたくしは、その人ひとを

いつも先生せんせいと呼よんでいた。


だから、ここでも

ただ先生せんせいと書かくだけで

本当ほんとうの名前なまえは書かかない。


これは、世間せけんを気きにしているというよりも、

そのほうが

私わたくしにとって自然しぜんだからである。

(世間せけん:people)


私わたくしは

その人ひとのことを思おもい出だすと

すぐ、「先生せんせい」と言いいたくなる。


筆ふでをとっても

気持きもちは、同おなじことである。

(筆ふでをとる:文ぶんを書かくこと)
(筆ふで:a writing brush; a pen)




私わたくしが、先生せんせいと初はじめて会あったのは

鎌倉かまくらである。


その時とき、私わたくしは、まだ

若わかい学生がくせいだった。


夏休なつやすみを利用りようして

海水浴かいすいよくに行いった友達ともだちから

ぜひ来こい

という葉書はがきを受うけ取とったので、

(海水浴かいすいよく:swimming in the sea)


私わたくしは、多少たしょうの金かねを用意よういして、

出でかけることにした。


金かねを用意よういするのに

二に、三日さんにちかかった。


ところが

私わたくしが、鎌倉かまくらに着ついて

三日みっかと、たたないうちに、


私わたくしを呼よんだ友達ともだちは、

急きゅうに、親おやの家いえから

帰かえれ、という電報でんぽうを受うけ取とった。

(電報でんぽう:a telegram)


電報でんぽうには

母ははが病気びょうきだから

と、書かいてあった。


けれども、友達ともだちは

それを信しんじなかった。


友達ともだちは、以前いぜんから

親おやに、結婚けっこんを勧すすめられていた。

(勧すすめる:to recommend)


しかし、彼かれには、

まだ、結婚けっこんする気きはなかった。


彼かれは

現代げんだいの習慣しゅうかんからすると

結婚けっこんするには、年としが若わか過すぎた。

(習慣しゅうかん:custom)


それで、夏休なつやすみにも、

親おやの家いえに帰かえらずに、わざと

東京とうきょうの近ちかくで、遊あそんでいたのである。


彼かれは、電報でんぽうを私わたくしに見みせて

どうしよう

と相談そうだんをした。


私わたくしには、

どうしていいか、分わからなかった。


けれども

本当ほんとうに、彼かれの母ははが、病気びょうきであるとすれば

彼かれは、帰かえるべきだった。


それで、彼かれは

とうとう帰かえることになった。


結局けっきょく、

私わたくしは、一人ひとり、残のこされた。




学校がっこうの授業じゅぎょうが始はじまるのは

まだ、大分だいぶ先さきであるので、


鎌倉かまくらにいてもよいし、帰かえってもよい

という状況じょうきょうにいた私わたくしは、

しばらく、今いまいる宿やどに泊とまることにした。

(宿やど:an inn)


友達ともだちは

財産ざいさんのある家いえの息子むすこで

金かねに不自由ふじゆうのない男おとこだったが、

(財産ざいさん:property)


普通ふつうの学校がっこうに通かよっていたし、

年としが、まだ若わかかったので

生活せいかつの程度ていどは

私わたくしと、そう変かわらなかった。


したがって、一人ひとりになった私わたくしは

別べつに、もっと安やすい宿やどを探さがす必要ひつようも、なかったのである。




宿やどは

鎌倉かまくらでも、不便ふべんな場所ばしょにあった。

(不便ふべんな:inconvenient)


ビリヤードや、アイスクリームのような、新あたらしいものは

長ながい田たんぼの道みちを

一ひとつ越こさなければなかった。

(ビリヤード:billiards)


車くるまで行いっても

二十銭にじっせんは取とられた。

(車くるま:rickshaw)
(~銭せん:one-hundredth of a yen)


けれども、個人こじんの別荘べっそうは、

いくつでも建たてられていた。

(別荘べっそう:villa)


それに、海うみへは、近ちかいので

海水浴かいすいよくをやるには

とても便利べんりな場所ばしょにあった。

(便利べんりな:convenient)




私わたくしは、毎日まいにち

海うみへ、はいりに、出でかけた。


古ふるい家いえの間あいだを、通とおり抜ぬけて

海岸かいがんへ下おりると、


この辺へんに、これほどの都会とかいの人ひとが、住すんでいるか

と思おもうほど、

海水浴かいすいよくに来きた男おとこや女おんなが

砂すなの上うえで、動うごいていた。


ある時ときは、海うみの中なかが

銭湯せんとうのように

黒くろい頭あたまで、いっぱいになっていることもあった。

(銭湯せんとう:public bath)


その中なかに

知しっている人ひとが一人ひとりもいない私わたくしも、

こういう、にぎやかな景色けしきの中なかで、

砂すなの上うえに寝ねてみたり、

波なみの間あいだを走はしってみたりするのは、

楽たのしかった。

(にぎやかな:lively, busy, noisy)




私わたくしは、先生せんせいを

この、たくさんの人ひとの中なかに、見みつけたのである。


その時とき、海岸かいがんには

茶屋ちゃやが二軒にけんあった。

(茶屋ちゃや:teahouse)


私わたくしは、その一軒いっけんに

よく行いっていた。


この辺あたりに、大おおきな別荘べっそうを持もっている人ひとと違ちがって、

近ちかくに服ふくを着替きがえる場所ばしょのない人ひとにとっては、

こうした共同きょうどうで着替きがえられる場所ばしょが

必要ひつようだった。

(着替きがえる:to change their clothes)
(茶屋ちゃや(teahouse)に、服ふくを着替きがえる場所ばしょがあった)


彼かれらは

ここで、茶ちゃを飲のみ、

ここで、休憩きゅうけいする外ほかに、


ここで、水着みずぎを洗濯せんたくしたり、

ここで、体からだを洗あらったり

ここへ、帽子ぼうしや傘かさを預あずけたりするのである。

(水着みずぎ:swimsuit)


水着みずぎを持もたない私わたくしも

持もっている物ものを盗ぬすまれるかもしれないので、


海うみへ、はいる時ときは

その茶屋ちゃやで服ふくを脱ぬいで

預あずけることにしていた。


Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(10)


(10)


車屋くるまやの黒くろは

その後ご、足あしが悪わるくなった。

Rickshaw Blacky has recently gone lame.


彼かれの美うつくしい毛けは、だんだん汚きたなくなってきた。

His glossy fur has thinned and gradually grown dull.


彼かれの元気げんきはなくなり、

体格たいかくも悪わるくなった。

What I notice most is his loss of all vitality and his sheer physical deterioration.


吾輩わがはいが、例れいの茶畑ちゃばたけで彼かれに会あった最後さいごの日ひ、

どうだ、と尋たずねたら

「いたちと魚屋さかなやは、うんざりだ」といった。

When last I saw him in the tea garden and asked him how he was, the answer was depressingly precise: “I've had enough of weasels and fishmongers.”


魚屋さかなやの魚さかなをとろうとして、

ひどいことをされたのだろう。


次第しだいに冷つめたい風かぜが吹ふき始はじめた。


縁側えんがわで暖あたたかく昼寝ひるねのできる時間じかんも

短みじかくなっていく。


主人しゅじんは毎日まいにち学校がっこうへ行いく。

帰かえると書斎しょさいに入はいって出でて来こない。

The master goes to school every day and, as soon as he returns, shuts himself up in the study.


人ひとが来くると、

教師きょうしは嫌いやだ嫌いやだ

と言いう。

He tells all visitors that he's tired of being a teacher.


水彩画すいさいがも滅多めったにかかない。

He seldom paints.


タカジヤスターゼ(胃いのくすり)も効果こうかがないといって

やめてしまった。

(効果こうか:effect)
He's stopped taking his taka-diastase, saying it does no good.


子供こどもは感心かんしんで

毎日まいにち幼稚園ようちえんへかよう。

休やすまない。

(感心かんしんな:admirable)
The children, dear little things, now trot off, day after day, to kindergarten:


帰かえると習ならってきた歌うたを歌うたって、遊あそんでいる。

時々ときどき、吾輩わがはいのしっぽを持もって、持もち上あげる。

but on their return, they sing songs, bounce balls and sometimes hang me up by the tail.


吾輩わがはいは、ごちそうも食くわないから

太ふとりもしないが、

足あしが悪わるくなることなく、その日ひその日ひを暮くらしている。

Since I do not receive any particularly nourishing food, I have not grown particularly fat; but I struggle on from day to day keeping myself more or less fit and, so far, without getting crippled.


ねずみは決けっしてとらない。

I catch no rats.


おさんは、やはり嫌きらいである。

I still detest that O-san.


名前なまえはまだつけてくれないが、

それは、仕方しかたがないのだろう。


生涯しょうがいこの教師きょうしの家うちで

名前なまえの無ない猫ねこのまま

生いきていくつもりだ。

(生涯しょうがい:lifetime)
No one has yet named me but, since it's no use crying for the moon, I have resolved to remain for the rest of my life a nameless cat in the house of this teacher.



⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(1)

Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(9)


(9)


教師きょうしといえば、

吾輩わがはいの主人しゅじんも、最近さいきん、

水彩画すいさいがの才能さいのうがないことに

気きが付ついたようだ。

Talking of teachers reminds me that my master seems to have recently realized his total incapacity as a painter of watercolors;


日記にっきに、こんなことを書かいていた。

He wrote in his diary:


昨夜さくや、僕ぼくは水彩画すいさいがをかいていたが、

上手うまく描かけないので、あきらめて、

そのまま放ほうっておいた。


それを、誰だれかが立派りっぱな額がくに入いれて

壁かべに飾かざってくれた夢ゆめを見みた。

(額がく:a picture frame)
Last night I dreamt that someone picked up one of my watercolor paintings which I, thinking it worthless, had tossed aside. This person in my dream put the painting in a splendid frame and hung it up on a wall.


額がくに入いれると、

自分じぶんの絵えが、急きゅうに上手じょうずに見みえた。

Staring at my work thus framed, I realized that I have suddenly become a true artist.


非常ひじょうにうれしい。

I feel exceedingly pleased.


これは、立派りっぱな絵えだと、ひとりで眺ながめていた。


すると、夜よが明あけて、目めが覚さめてしまった。

目めが覚さめて、自分じぶんの絵えをもう一度いちど見みると

やっぱり下手へただった。

Dawn broke and I woke up, and in the morning sunlight it was obvious that the picture was still as pitiful an object as when I painted it.


主人しゅじんは、夢ゆめの中なかでまで

水彩画すいさいがのことを悩なやんでいるようである。


主人しゅじんが水彩画すいさいがの夢ゆめに見みた翌日よくじつ

金縁きんぶち眼鏡めがねをかけた、例れいの学者がくしゃが

久ひさしぶりに、主人しゅじんのところへやって来きた。

(学者がくしゃ:scholar)
The day after my master dreamt about the picture, the aesthete in the gold-rimmed spectacles paid a call upon him. He had not visited for some long time.


彼かれは、座すわると、すぐに

「絵えはどうだ?」

と尋たずねた。

As soon as he was seated he inquired, “And how is the painting coming along?”


主人しゅじんは平気へいきな顔かおをして

My master assumed a nonchalant air and answered,


「君きみの言葉ことばに従したがって、写生しゃせいをやっているのだが、

 なるほど、写生しゃせいをすると、

 今いままで気きがつかなかった物ものの形かたちや、色いろの細こまかい変化へんかなどが

 よくわかる。

“Well, I took your advice and I am now busily engaged in sketching. And I must say that when one sketches one seems to apprehend those shapes of things, those delicate changes of color, which hitherto had gone unnoticed.


 さすがアンドレア・デル・サルトだ」

と、日記にっきのことなど、まったく話はなそうともしない。

Precisely as Andrea del Sarto once observed.” Without even so much as alluding to the passage in his diary, he speaks approvingly of Andrea del Sarto.


学者がくしゃは頭あたまをかいて笑わらいながら

「実じつは君きみ、あれは嘘うそだよ」

と言いう。

The aesthete scratched his head, and remarked with a laugh, “Well actually that bit about del Sarto was my own invention.”


「何なにが?」

と主人しゅじんはまだ、だまされたことに気きが付ついていない。

“What was?” My master still fails to grasp that he's been tricked into making a fool of himself.


「何なにがって、

 君きみが感心かんしんしているアンドレア・デル・サルトさ。

 あれは、僕ぼくが考かんがえた話はなしだ。

“Why, all that stuff about Andrea del Sarto whom you so particularly admire, I made it all up.


 君きみがそんなに真面目まじめに信しんじるとは思おもわなかった

 ハハハハ」

と、うれしそうに笑わらう。

I never thought you'd take it seriously.” He laughed and laughed, enraptured with the situation.


吾輩わがはいは縁側えんがわでこの会話かいわを聞きいて

彼かれは、今日きょう、日記にっきに何なんと書かくのだろう、

と考かんがえてしまった。

I overheard their conversation from my place on the veranda and I could not help wondering what sort of entry would appear in the diary for today.


この学者がくしゃは、こんな嘘うそをついて、人ひとをだますのが好すきなのである。

(だます:to deceive)
This aesthete is the sort of man whose sole pleasure lies in bamboozling people by conversation consisting entirely of humbug.


彼かれは、主人しゅじんの気持きもちなど、考かんがえようともせずに、

得意とくいそうに、次つぎのようなことを言いった。

He seems not to have thought of the effect his twaddle about Andrea del Sarto must have on my master's feelings, for he rattled on proudly,


「いや、時々ときどき、冗談じょうだんを言いうと

 人ひとがそれを信しんじるから、面白おもしろい。


 この前まえ、ある学生がくせいに、こんなことを話はなしたんだ。

 『ニコラス・ニックルベーがギボンに言いって

  フランスの革命かくめいの歴史れきしに関かんする、彼かれの本ほんを

  フランス語ごではなく英語えいごで書かかせて、

  出版しゅっぱんさせたんだ』

The other day, I told a certain undergraduate that Nicholas Nickleby had advised Gibbon to cease using French for the writing of his masterpiece, The History of the French Revolution, and had indeed persuaded Gibbon to publish it in English.


 すると、その学生がくせいが、物覚ものおぼえがよくて、

 ある学会がっかいで、真面目まじめに、そのとおりの話はなしをみんなにしたんだ。

 それは、実じつに面白おもしろかった。

(学会がっかい:an academic conference)
Now this undergraduate was a man of almost eidetic memory, and it was especially amusing to hear him repeating what I told him, word for word and in all seriousness, to a debating session of the Japan Literary Society.


 それを聞きいていた人間にんげんが約百名やくひゃくにんほどいたんだが、

 みんな熱心ねっしんに、聞きいていたよ。

And d'you know, there were nearly a hundred in his audience, and all of them sat listening to his drivel with the greatest enthusiasm!


 それから、まだ面白おもしろい話はなしがある。

In fact, I've another, even better, story.


 ある文学者ぶんがくしゃのいる席せきで、

 ハリソンの歴史れきし小説しょうせつセオファーノの話はなしが出でたから、

The other day, when I was in the company of some men of letters, one of them happened to mention Theofano, Ainsworth's historical novel of the Crusades.


 僕ぼくは、

 『あれは立派りっぱな歴史れきし小説しょうせつだ、

  特とくに、あの女性じょせいの主人公しゅじんこうが死しぬところは素晴すばらしい』

 と言いったら

(主人公しゅじんこう:a hero; a heroine)
I took the occasion to remark that it was a quite outstanding romantic monograph and added the comment that the account of the heroine's death was the epitome of the spectral.


 向むこうに座すわっていた、

 知しらない、と言いったことのない先生せんせいが、すぐに、

 『そうそう、あの部分ぶぶんは、素晴すばらしい』と言いったんだ。

The man sitting opposite to me, one who has never uttered the three words 'I don't know,' promptly responded that those particular paragraphs were indeed especially fine writing.


 それで、僕ぼくは、

 この男おとこも、やはり僕ぼくと同おなじように

 この小説しょうせつを読よんでいないと、わかったんだ」

From which observation I became aware that he, no more than I, had ever read the book.”


胃いの悪わるい吾輩わがはいの主人しゅじんは、

目めを丸まるくして、尋たずねた。

Wide-eyed, my poor dyspeptic master asked him,


「そんな嘘うそをついて、

 もし相手あいてが読よんでいたら、どうするつもりだ」

“Fair enough, but what would you do if the other party had in fact read the book?”


しかし、金縁きんぶちの学者がくしゃは平気へいきである。

The question leaves the aesthete utterly unfazed.


「なに、その時ときは、別べつの本ほんと間違まちがえたとか言いうだけだよ」

と言いって、けらけら笑わらっている。

“Well, if that should happen, I'd say I'd mistaken the title or something like that,” and again, quite unconcerned, he gave himself to laughter.


この学者がくしゃは、金縁きんぶちの眼鏡めがねはかけているが、

その性格せいかくは、車屋くるまやの黒くろに似にている。

Though nattily tricked out in gold-rimmed spectacles, his nature is uncommonly akin to that of Rickshaw Blacky.


主人しゅじんは黙だまって、たばこを吸すいながら、

自分じぶんには、そんな勇気ゆうきはない

というような顔かおをしている。

My master said nothing, but blew out smoke rings as if in confession of his own lack of such audacity.


学者がくしゃは、

だから絵えも下手へたなんだ、という目めをして

言いった。

The aesthete (the glitter of whose eyes seemed to be answering, “and no wonder; you, being you, could not even cope with watercolors”) went on aloud.


「あれは冗談じょうだんだが、

 しかし、絵えというものは実際じっさいむずかしいものだよ、

“But, joking apart, painting a picture's a difficult thing.


 レオナルド・ダ・ヴィンチは、生徒せいとに壁かべのしみを写うつせ

 と教おしえたことがあるそうだ。

(しみ:spot, stain)
Leonardo da Vinci is supposed to have once told his pupils to make drawings of a stain on the wall.


 なるほど、

 トイレの壁かべをじっと眺ながめていると、

 雨あめが漏もれて、

 なかなか立派りっぱな模様もようが、自然しぜんに出来できている。

The words of a great teacher. In a lavatory for instance, if absorbedly one studies the pattern of the rain leaks on the wall, a staggering design, a natural creation, invariably emerges.


 君きみも注意ちゅういして写生しゃせいしてみるといい。

 きっと面白おもしろいものが出来できるから」

You should keep your eyes open and try drawing from nature. I'm sure you could make something interesting.”


「また、嘘うそなんだろう」

“Is this another of your tricks?”


「いや、これは本当ほんとうの話はなしだよ」

“No; this one, I promise, is seriously meant.”


主人しゅじんは、黙だまっていたが、

彼かれは、まだ、トイレで写生しゃせいはしないようだ。

But I do not think my master has so far made a drawing in a lavatory.


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(10)

⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(1)

Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(8)


(8)


その後ご、吾輩わがはいは何度なんども黒くろと会あった。

and since that day I've run across him many times.


さっき言いった、人間にんげんのひどい話はなしというのも

黒くろから聞きいたのである。

That deplorable incident which I mentioned earlier was a tale he told me.


ある日ひ、いつものように

吾輩わがはいと黒くろは、暖あたたかい茶畑ちゃばたけの中なかで、

寝ねころんで、いろいろ雑談ざつだんをしていた。

(雑談ざつだんをする:to have a chat)
One day Blacky and I were lying as usual, sunning ourselves in the tea-garden. We were chatting about this and that


すると、彼かれは、いつもの自慢じまんを繰くり返かえしたあとで、

吾輩わがはいに向むかって、次つぎのような質問しつもんをした。

(自慢じまん:boast)
when, having made his usual boasts as if they were all brand new, he asked me,


「おめえは、今いままでに、ねずみを何匹なんびきとった」

“How many rats have you caught so far?”


頭あたまは、黒くろよりも、はるかに上うえだと思おもっていたが、

体からだは、黒くろには、とてもかなわない。

(かなう:to match; to equal)
While I flatter myself that my general knowledge is wider and deeper than Blacky's, I readily admit that my physical strength and courage are nothing compared with his.


そう思おもってはいたが、

こう尋たずねられると、どう答こたえればよいのか、わからず

困こまってしまった。

All the same, his point-blank question naturally left me feeling a bit confused.


けれども、事実じじつは事実じじつで、嘘うそをつくこともできない。

Nevertheless, a fact's a fact, and one should face the truth.


吾輩わがはいは

「実じつは、とろう、とろう、と思おもっていたが

 まだ、とったことがない」

と答こたえた。

So I answered “Actually, though I'm always thinking of catching one, I've never yet caught any.”


黒くろは、馬鹿ばかにしたように笑わらった。

Blacky laughed immoderately.


黒くろは、自慢じまんが好すきだが、頭あたまは悪わるい。

Blacky, like all true braggarts, is somewhat weak in the head.


だから、

のどを鳴ならしながら

彼かれの言葉ことばに感心かんしんしたような表情ひょうじょうをしていれば、

彼かれは満足まんぞくする。

実じつに単純たんじゅんな猫ねこである。

As long as you purr and listen attentively, pretending to be impressed by his rhodomontade, he is a more or less manageable cat.


吾輩わがはいは、彼かれと知しり合あいになってから、すぐ

このことに気きが付ついた。

Soon after getting to know him, I learnt this way to handle him.


この場合ばあいにも、余計よけいな言いい訳わけをするよりも、

いっそ、彼かれに自分じぶんの自慢じまんをさせた方ほうがよい、と思おもった。

(言いい訳わけをする:to make an excuse)
Consequently on this particular occasion I also thought it would be unwise to further weaken my position by trying to defend myself, and that it would be more prudent to dodge the issue by inducing him to brag about his own successes.


そこで、吾輩わがはいは、おとなしく

「君きみなどは、年としが年としだから

 これまでに、大分だいぶんとったんだろう」

と言いってみた。

So without making a fuss, I sought to lead him on by saying, “You, judging by your age, must have caught a notable number of rats?”


予想よそう通どおり、彼かれは自慢じまんし始はじめた。

「たくさんでもないが、三四十さんしじゅうはとっただろう」

“Well, not too many, but I must've caught thirty or forty,” was his triumphant answer.


彼かれの話はなしは続つづいた。

「ねずみの百ひゃくや二百にひゃくは

 一人ひとりで、いつでも引ひき受うけるが

 いたちは嫌いやだ。

 いたちには、一度いちど、ひどい目めにあった」

(引ひき受うける:to take on the job)
(いたち:weasel)
“I can cope,” he went on, “with a hundred or two hundred rats, any time and by myself. But a weasel, no. That I just can't take. Once I had a hellish time with a weasel.”


「へえ、それは?」

Did you really?”


「去年きょねんの大掃除おおそうじの時ときだ。

 うちの亭主ていしゅが、縁側えんがわの下したを掃除そうじしていたら、

 おめえ、大おおきないたちが、飛とび出だして来きた」

(亭主ていしゅ=主人しゅじん、husband, master)
“It was last year, the day for the general housecleaning. As my master was crawling in under the floorboards, suddenly a great, dirty weasel came whizzing out.”


「ふん」

と感心かんしんしたように言いう。

(感心かんしんする:to be impressed; to admire)
“Really?” I make myself look impressed.


「いたちって言いっても、

 ねずみを少すこし大おおきくしたようなもんだ。

 それで、腹はらがたったんで、追おいかけて、つかまようとした。

 どぶの中なかに追おい込こんだんだ」

(どぶ:ditch)
“I say to myself, 'So what's a weasel? Only a wee bit bigger than a rat. ' So I chase after it, feeling quite excited and finally I got it cornered in a ditch.”


「うまくやったね」

“That was well done.”


「ところが、おめえ、

 最後さいごに、そのいたちが、屁へをしやがった」

(屁へをする:to break wind)
Not in the least. As a last resort it upped its tail and blew a filthy fart.


 臭くせえ、臭くせえ。

(臭くせえ=臭くさい)
Ugh! The smell of it!


 それからは、いたちを見みただけで、気分きぶんが悪わるくなる」

Since that time, whenever I see a weasel, I feel poorly.”


彼かれは、今いまでも、その匂においがするかのような顔かおをして、

前足まえあしで鼻はなを二三度にさんど、こすった。

At this point, he raised a front paw and stroked his muzzle two or three times as if he were still suffering from last year's stench.


それで、吾輩わがはいは、

少すこし、かわいそうになり、

元気げんきづけてやろうと思おもって、言いった。

I felt rather sorry for him and, in an effort to cheer him up, said,


「しかし、ねずみなら、君きみがちょっとにらんだだけで、もう動うごけなくなって、簡単かんたんに捕つかまえられるんだろう。

 君きみは、たくさん、ねずみを捕つかまえて食たべたから

 そんな立派りっぱな体からだになったんだろう」

“But when it comes to rats, I expect you just pin them down with one hypnotic glare. And I suppose that it's because you're such a marvelous ratter, a cat well nourished by plenty of rats, that you are so splendidly fat.”


黒くろの機嫌きげんをとろうとして言いったのだが、

結果けっかは、反対はんたいになってしまった。

(機嫌きげんをとる:to butter up)
Though this speech was meant to flatter Blacky, strangely enough it had precisely the opposite effect.


彼かれは、がっかりしたように大おおきなため息いきをついて言いった。

(ため息いき:a sigh)
He looked distinctly cast down and replied with a heavy sigh.


「考かんがえると面白おもしろくない。

 いくら、ねずみをとったって……

 人間にんげんほど、図々ずうずうしい奴やつは、この世よの中なかに、いないぜ。

“It's depressing,” he said, “when you come to think of it. However hard one slaves at catching rats ... In the whole wide world there's no creature more brazen faced than a human being.


 人ひとのとったねずみを、みんな取とり上あげて

 交番こうばんへ持もって行いってしまう。

(人ひと:other people; ここでは猫ねこ(黒くろ)のこと)
(交番こうばん:a police box)
Every rat I catch they confiscate, and they tote them off to the nearest police-box.


 交番こうばんじゃ、誰だれがとったのか、分わからないから

 そのたびに五銭ごせんずつくれる。

Since the copper can't tell who caught the rats, he just pays up a penny a tail to anyone that brings them in.


 うちの亭主ていしゅなんか、おれがとったねずみで、

 もう一円いちえん五十銭ごじっせんくらい、もらっているのに、

 おれには、いいものを食くわせない。

My master, for instance, has already earned about half a crown purely through my efforts, but he's never yet stood me a decent meal.


 結局けっきょく、人間にんげんは、泥棒どろぼうみたいなもんだぜ」

The plain fact is that humans, one and all, are merely thieves at heart.”


頭あたまが悪わるい黒くろでも、このくらいのことは、わかるらしい。

Though Blacky's far from bright, one cannot fault him in this conclusion.


とても、怒おこった様子ようすである。

He begins to look extremely angry.


吾輩わがはいは、少すこし気味きみが悪わるくなったので、

少すこし言いい訳わけをして、家うちへ帰かえった。

(気味きみが悪わるい:weird, creepy)
Somewhat disturbed by Blacky's story and reactions, I made some vague excuse and went off home.


この時ときから、吾輩わがはいは

ねずみは絶対ぜったいにとらない、と決心けっしんした。

But ever since then I've been determined never to catch a rat.


しかし、黒くろの仲間なかまになって、後うしろについて歩あるき回まわって

ねずみよりもおいしい、ごちそうを探さがす気きもなかった。

However, I did not take up Blacky's invitation to become his associate in prowling after dainties other than rodents.


ごちそうを食くうよりも寝ねていた方ほうがいい。

I prefer the cozy life, and it's certainly easier to sleep than to hunt for tidbits.


教師きょうしの家うちにいると

猫ねこも教師きょうしのような性格せいかくになる。

Living in a teacher's house, it seems that even a cat acquires the character of teachers.


要心ようじんしないと、吾輩わがはいも、胃いが弱よわくなるかもしれない。

I'd best watch out lest, one of these days, I, too, become dyspeptic.


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(9)

⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(1)