(5)
The fourth night as he was practicing, a mother mouse came in with her baby, asking him to heal her sick son. When Gauche told her that he wasn't a doctor, she replied that the sound of his music had already healed a number of animals. Gauche put the sick little mouse into a hole of his cello and played a rhapsody. When Gauche finished, the little mouse became fine and was able to run around. The mother mouse cried and thanked Gauche, and left.
次の晩も、ゴーシュは夜の間ずっとチェロを弾いて
明け方近くになり
思わず、つかれて楽譜をもったまま、うとうとしていますと
また誰かが戸をこつこつと叩きます。
それも、ほとんど聞こえないほどの小さな音でしたが
毎晩のことなので
ゴーシュは、すぐに気が付いて
「おはいり」と言いました。
すると、戸のすきまから入って来たのは
一匹の野ねずみでした。
そして、大変小さな子供をつれて
ちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。
その野ねずみの子供は、とても小さくて、
消しゴムくらいしかないので
ゴーシュは思わず、笑いました。
すると野ねずみは
何を笑われたのだろう
というように、きょろきょろしながら
ゴーシュの前に来て、
青い栗の実を一粒、前において
ちゃんと、おじぎをして
言いました。
「先生、この子が病気で死にそうです。
先生、何とか、治してやってください」
「おれは医者じゃないぞ」
ゴーシュは、すこし怒って言いました。
すると野ねずみのお母さんは
下を向いて、しばらく黙っていましたが
また、思い切ったように言いました。
「先生、それは嘘です、
先生は毎日
あんなに上手に
みんなの病気を治しているじゃありませんか」
「何を言っているのか、わからんよ」
「だって先生
先生は、うさぎのおばあさんも、治しました。
たぬきのお父さんも、治しました。
あんな意地悪なふくろうまで、治したじゃないですか。
それなのに、この子だけ、助けてくれないなんて
ひどいと思います」
「おいおい、それは何かの間違いだよ。
おれは、ふくろうの病気なんか
治してやったことはないからな。
まあ、たぬきの子は
ゆうべ来て、楽器の練習をして行ったがね」
ゴーシュは、呆れて
その子ねずみを見おろして笑いました。
すると野ねずみのお母さんは
泣きだしてしまいました。
「ああ、この子は
どうせ病気になるなら
もっと早くなればよかった。
さっきまで、あれほど、ごうごうと弾いていらっしゃったのに、
病気になると、すぐに、ぴたっと音がとまって
もうあとは、いくら、お願いしても
弾いてくださらないなんて。
何て不幸せな子供だろう」
ゴーシュは、びっくりして叫びました。
「何だと?
ぼくがチェロを弾けば
ふくろうや、うさぎの病気がなおると。
どういうわけだ。それは」
野ねずみは、目を片手でこすりながら言いました。
「はい、
このあたりのものは
病気になると、みんな先生のおうちの床下に入って
治すのです」
「すると治るのか?」
「はい。
体中、とても血のまわりがよくなって
大変いい気持ちで
すぐ治る方もいれば
うちへ帰ってから治る方もいます」
「ああそうか。
おれのチェロの音が、ごうごう響くと、
それが体に刺激を与えて
おまえたちの病気が治るというのか。
よし。わかったよ。やってやろう」
ゴーシュは、ギウギウと弦を合わせて
それから、いきなり、野ねずみの子供をつまんで
チェロの孔から中へ入れてしまいました。
「わたしも一緒について行きます。
どこの病院でも、そうですから」
お母さんの野ねずみは
必死になって、チェロに飛びつきました。
「おまえも、入るのか」
ゴーシュは
お母さんの野ねずみをチェロの孔から入れようとしましたが
顔が半分しか入りませんでした。
野ねずみは、ばたばたしながら
中の子供に叫びました。
「おまえ、大丈夫か?
落ちる時は、いつも教えるように
足をそろえて、うまく落ちたか?」
「うん。うまく落ちた」
子供のねずみは、小さな声で
チェロの中から返事をしました。
「大丈夫だ。
だから、泣くな」
ゴーシュは、お母さんのねずみを
下におろして
それから弓をとって
何とかラプソディとかいうものを
ごうごう、があがあ、弾きました。
すると、お母さんのねずみは
心配そうに
その音を聞いていましたが
とうとう、我慢できなくなったようで
「もう十分です。
どうか出してやってください」
と言いました。
「なあんだ、これでいいのか」
ゴーシュはチェロを傾けて
孔のところに手をあてて、待っていましたら
まもなく、子供のねずみが出てきました。
ゴーシュは、だまって、それをおろしてやりました。
見ると、すっかり目をつぶって
ぶるぶるぶるぶる、ふるえていました。
「どうだったの?
気分は、いいかい?」
子供のねずみは少しも返事をしないで
まだ、しばらく目をつぶったまま
ぶるぶるぶるぶる、ふるえていましたが
急に、起きあがって走りだしました。
「ああ、よくなったんだ。
ありがとうございます。
ありがとうございます」
お母さんのねずみも
一緒に走っていましたが、
まもなく、ゴーシュの前に来て
何度も、おじぎをしながら
「ありがとうございます、ありがとうございます」
と十回ぐらい言いました。
ゴーシュは、何か、かわいそうになって
「おい、おまえたちは
パンは、食べるのか?」
と、ききました。
すると野ねずみは、びっくりしたように
きょろきょろ、あたりを見まわしてから
「いえ、もう、パンというものは
小麦の粉をねってから、蒸して作るもので
ふっくらと、ふくらんでいて
美味しいものだそうですが、
そうでなくても
私たちは、決して、おうちの戸棚へなど入ったことはありませんし
病気を治してもらっておきながら、
それを取りになんて行けません」
と言いました。
「いや、そのことではないんだ。
ただ、食べるのかと、きいたんだ。
では食べるんだな。
ちょっと待てよ。
その体の悪い子供へ、やるからな」
ゴーシュはチェロを床へ置いて
戸棚のパンをちぎって
野ねずみの前へ置きました。
野ねずみは、
泣いたり、笑ったり、おじぎをしたりしてから
大事そうに、それをくわえて
子供と一緒に外へ出て行きました。
「あああ。
ねずみと話をするのも、なかなか疲れるなあ」
ゴーシュは、横になると
すぐ、ぐうぐう、眠ってしまいました。