Soseki Natsume: I am a Cat（吾輩は猫である）（７）

（７）

吾輩わがはいの家いえの裏うらには

小ちいさな茶畑ちゃばたけがある。

At the back of my house there is a small tea-plantation.

広ひろくはないが、日ひが当あたって、気持きもちの良よい場所ばしょだ。

Though certainly not large, it is a neat and pleasantly sunny spot.

うちの子供こどもが、あまり騒さわいで、ゆっくり昼寝ひるねのできない時ときや、

あまり退屈たいくつで腹はらの調子ちょうしがよくない時ときなどは、

吾輩わがはいは、いつでも、ここへ来きて、しばらく休やすんで、

元気げんきを取とり戻もどすのである。

It is my custom to go there whenever my morale needs strengthening; when, for instance, the children are making so much noise that I cannot doze in peace, or when boredom has disrupted my digestion.

ある小春日和こはるびより（秋あきの穏おだやかな日ひ）の二時頃にじごろであった。

吾輩わがはいは昼飯ひるめしを食たべて、少すこし寝ねた後あと

運動うんどうもかねて

この茶畑ちゃばたけへと歩あるいて来きた。

One day, a day of Indian summer, at about two o'clock in the afternoon, I woke from a pleasant after-luncheon nap and strolled out to this tea-plantation by way of taking exercise.

西側にしがわの生いけ垣がきのそばまでくると、

そこに、大おおきな猫ねこが、ぐっすり寝ねていたのである。

I came to the fence at the western end; and there I saw an enormous cat fast asleep.

彼かれは、吾輩わがはいが近ちかづいても気きが付つかない。

He did not seem to notice my approach.

吾輩わがはいのことなど、まったく気きにせずに、ぐっすり寝ねているのである。

Perhaps he noticed but did not care.

他人たにんの家いえの庭にわで、よく平気へいきで眠ねむれる

と、吾輩わがはいは、その大胆だいたんさに驚おどろいてしまった。

（大胆だいたんさ：boldness）

I was amazed at the daring courage that permitted him, a trespasser, to sleep so unconcernedly in someone else's garden.

彼かれは黒猫くろねこである。真まっ黒くろである。

He was a pure black cat.

太陽たいようの光ひかりで、その黒くろい毛けがかがやき、

まるで、炎ほのおが燃もえているようである。

The sun was pouring its most brilliant rays upon him, and it seemed as if flames were blazing out from his fur.

彼かれは、大おおきな体からだをしている。

猫ねこの王様おうさまと言いうべきだろう。

（王様おうさま：king）

He had a magnificent physique; the physique, one might say, of the Emperor of Catdom.

吾輩わがはいの倍ばいは、ある。

He was easily twice my size.

驚おどろいてしまった吾輩わがはいは、我われを忘わすれて、

その姿すがたをじっと眺ながめていた。

Filled with admiration and curiosity, I quite forgot myself. I stood stock-still, entranced, all eyes in front of him.

すると、その時とき、王様おうさまは、

突然とつぜん、その大おおきな目めを開ひらいた。

The Emperor suddenly opened his huge round eyes.

その目めは、宝石ほうせきよりも美うつくしく輝かがやいていた。

His eyes gleamed far more beautifully than jewels.

王様おうさまは、吾輩わがはいをにらんだ。

The Emperor glared at me.

そして、おめえは、一体いったい、なんだ？

と言いった。

（おめえ＝おまえ、you）

He remarked, “And who the hell are you?”

おめえなどと、王様おうさまにしては、汚きたない言葉ことばを使つかうと思おもったが

しかし、その言葉ことばには、

犬いぬさえも、黙だまらせるような力ちからがあった。

I thought his turn of phrase a shade inelegant for an Emperor, but because the voice was filled with a power that could suppress a bulldog.

しかし、何なにか挨拶あいさつをしないと、まずい、と思おもったから

「吾輩わがはいは猫ねこである。名前なまえはまだない」

と、なるべく、普通ふつうの口調くちょうで静しずかに答こたえた。

（口調くちょう：a tone）

Reflecting, however, that I might get into trouble if I failed to exchange civilities, I answered frigidly, with a false sang froid as cold as I could make it, “I, sir, am a cat. I have as yet no name.”

しかし、この時とき、

吾輩わがはいの心臓しんぞうは、たしかに、いつもより激はげしく鼓動こどうしていた。

（鼓動こどうする：to beat）

My heart at that moment was beating a great deal faster than usual.

彼かれは、軽蔑けいべつしたような声こえで言いった。

「何なに、猫ねこ？

　何なにを言いってるんだ？

　おめえは、どこの猫ねこだ？」

（軽蔑けいべつする：to despise）

In a tone of enormous scorn, the Emperor observed, “You are a cat? Well, I'm damned. Anyway, where the devil do you hang out?”

「吾輩わがはいは、ここの教師きょうしの家うちにいるのだ」

“I live here, in the teacher's house.”

「どうせ、そんなことだろうと思おもったぜ。

　だから、そんなに、やせてるんだろう」

（やせてる＝やせている：slim）

“Huh, I thought as much. 'Orrible scrawny aren't you.”

言葉ことばから想像そうぞうすると、

とても良よい家いえの猫ねことは思おもえない。

Judged by his manner of speech, he could not be a cat of respectable background.

しかし、その大おおきな体からだを見みると

毎日まいにち、ごちそうを食くっているようだ。

（ごちそう：feast）

On the other hand, he seemed well fed.

吾輩わがはいは

「そういう君きみは、一体いったい誰だれだい？」

と聞きいた。

I had to ask him “And you, who on earth are you?”

「おれは、車屋くるまやの黒くろよ」

と、猫ねこの王様おうさまは答こたえる。

（車屋くるまや：人力車じんりきしゃ（rickshaw）をひく人ひと、a rickshaw man）

“Me? I'm Rickshaw Blacky.” He gave his answer.

車屋くるまやの黒くろは

この付近ふきんでは知しらない者ものはいないほどの乱暴らんぼうな猫ねこである。

Rickshaw Blacky is well-known in the neighborhood as a real rough customer.

しかし、車屋くるまやなので

強つよいだけで、頭あたまがよくない。

He's tough but quite uneducated.

だから

誰だれも友達ともだちになろうとしない。

みんなが交際こうさいを敬遠けいえんしている猫ねこだ。

（敬遠けいえんする：to keep away）

Hence very few of us mix with him, and it is our common policy to “keep him at a respectful distance.”

吾輩わがはいは、まず、

彼かれにどれほどの知恵ちえがあるのか

知しりたくなった。

それで次つぎのような質問しつもんをした。

（知恵ちえ：wisdom）

In order to establish just how illiterate he was, I pursued the conversation by enquiring,

「一体いったい、車屋くるまやと教師きょうしとは、どっちがえらいのだろう」

Which do you think is superior, a rickshaw-owner or a teacher?”

「車屋くるまやの方ほうが、強つよいに決きまってる。

　おめえの主人しゅじんを見みてみろ。

　やせて、骨ほねと皮かわしかない」

“Why, a rickshaw-owner, of course. He's the stronger. Just look at your master, almost skin and bones.”

「君きみも、車屋くるまやの猫ねこだから、大分だいぶ強つよそうだ。

　車屋くるまやにいると、ごちそうが食くえるようだね」

“You, being the cat of a rickshaw-owner, naturally look very tough. I can see that one eats well at your establishment.”

「おれなんか、

　どこへ行いったって、食くい物ものに困こまったり、しない。

　おめえも、茶畑ちゃばたけばかり、ぐるぐるまわってなくて

　おれの後あとへ付ついて来きてみろ。

　一月ひとつきもしないうちに、見違みちがえるくらい、立派りっぱな体からだになれるぜ」

“Ah well, as far as I'm concerned, I never want for decent grub wherever I go. You too, instead of creeping around in a tea-plantation, why not follow along with me? Within a month, you'd get so fat nobody'd recognize you.”

「いずれ、そうしよう。

　しかし、家いえは、教師きょうしの方ほうが車屋くるまやより大おおきいようだが」

“In due course I might come and ask to join you. But it seems that the teacher's house is larger than your boss's.”

「馬鹿ばか野郎やろう、

　うちなんか、いくら大おおきくたって、腹はらの足たしにはならないだろう」

（腹はらの足たしにならない：満腹まんぷくにならない、腹はらいっぱいにならない）

“You dimwit! A house, however big it is, won't help fill an empty belly.”

彼かれは、とても怒おこった様子ようすで

耳みみをぴくぴく動うごかしながら、出でて行いった。

He looked quite huffed. Savagely twitching his ears, he took off rowdily.

この時ときから

吾輩わがはいは、車屋くるまやの黒くろと

知しり合あいになったのである。

This was how I first made the acquaintance of Rickshaw Blacky,

⇒　吾輩わがはいは猫ねこである（８）

⇒　吾輩わがはいは猫ねこである（１）