(4)
眼が覚めたのは夜だった。
メロスは起きてすぐ、
花婿の家を訪れた。
そうして、
少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、
と頼んだ。
男は驚き、
それはいけない、
こちらは、まだ、何の仕度も出来ていない、
ぶどうの季節まで待ってくれ、
と答えた。
メロスは、
待つことはできない、
どうか明日にしてくれ、
と、もう一度言った。
男も頑固であった。
なかなか納得してくれない。
夜明けまで議論をつづけて、やっと、
どうにか、婿にわかってもらった。
結婚式は、真昼に行われた。
新郎新婦の、神々への誓いが済んだころ、
黒い雲が空を覆い、
ぽつりぽつり雨が降り出した。
そして、それは、
やがて、はげしい大雨となった。
結婚式に来ていた村人たちは、
何か不吉なものを感じた。
が、
それでも、みんなは陽気に騒ぎ、
狭い家の中で、暑いのを我慢しながら、
大きな声で歌をうたい、にぎやかに手を叩いた。
メロスも、楽しそうに笑いながら、
しばらくは、王とのあの約束さえも忘れていた。
結婚式の祝いは、
夜に入って、いよいよにぎやかになり、
人々は、外の激しい雨など、全く気にしなくなった。
メロスは、一生このまま、ここにいたい、と思った。
こんないい人たちと、一生暮らして行きたい
と願ったが、
それは無理なことだった。
仕方のないことである。
メロスは、ついに出発を決意した。
あすの日没までには、まだ十分な時間がある。
ちょっと眠って、
それからすぐに出発しよう、
と考えた。
その頃には、雨も小降りになっているだろう。
メロスは、少しでも長く、この家にいたかった。
メロスほどの男にも、やはり、未練があった。
メロスは
喜びに、ひたっている花嫁に近寄って
言った。
「おめでとう。
私は疲れてしまったから、
ちょっと失礼して眠りたい。
眼が覚めたら、すぐに街に出かける。
大切な用事があるのだ。
私がいなくても、もう、おまえには優しい夫がいるのだから、
決して寂しいことはない。
おまえの兄の、一番きらいなものは、
人を疑うことと、それから、嘘をつくことだ。
おまえも、それは、知っているね。
夫との間に、どんな秘密も作ってはならない。
おまえに言いたいのは、それだけだ。
おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、
おまえも、それを誇りに思ってくれ」
花嫁は、
まるで夢を見ているような表情で
うなずいた。
メロスは、それから
花婿の肩をたたいて、言った。
「仕度が出来ていないのは、お互い同じだ。
私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。
他には、何もない。
全部あげよう。
もう一つ、
メロスの弟になったことを誇りに思ってくれ」
花婿は、恥ずかしそうな表情で聞いていた。
メロスは笑って
村人たちにも頭を下げると、
祝いの席から立ち去り、
羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。