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Ryunosuke Akutagawa: The Spider's Thread(くもの糸)


くもの糸いと(The Spider's Thread)


芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ

Ryunosuke Akutagawa


The Buddha is meandering around Paradise one morning, when he stops at a lotus-filled pond. Between the blooming lotus flowers, he can see, through the crystal-clear waters, the depths of Hell. His eyes come to rest on one sinner in particular, by the name of Kandata. Kandata was a cold-hearted criminal, but had one good deed to his name: while walking through the forest one day, he decided not to kill a spider he was about to crush with his foot. Moved by this single act of compassion, the Buddha takes the silvery thread of a spider in Paradise and lowers it down into Hell.



一いち

One



ある日ひのことです。

One day,


おしゃかさまは

ごくらくのはすの池いけのふちを、

ひとりで

散歩さんぽしていました。

(おしゃかさま:Buddha)
(ごくらく:Paradise)
(はす:lotus)
the Buddha was strolling alone along the edge of a lotus pond in Paradise.


池いけの中なかに咲さいている

はすの花はなは、

みんな宝石ほうせきのように、とても白しろく、

(宝石ほうせき:jewel, gem)
The blooming lotus flowers in the pond were each pure white like jewels,


花はなの まん中なかの金色きんいろのところから、

何なんとも言いえない、良よい匂においが、

いつも、あたりへ、ただよっています。

(何なんとも言いえない:indescribable)
(ただよう:to drift, to float)
and the place was filled with the indescribably wondrous fragrance continually emitted from each flower's golden center.


ごくらくは

ちょうど、朝あさなのでしょう。

It was just morning in Paradise.


やがて

おしゃかさまは

その池いけのふちに立たち止どまって

After a time, the Buddha paused at the edge of the pond


水みずをおおっている

はすの葉はの間あいだから、

(おおう:to cover)
and from between the lotus leaves that covered it


ふと

下したの様子ようすを

ごらんになりました。

saw a glimpse of the state of things below.


このごくらくのはすの池いけの下したは、

ちょうど、じごくの底そこに

なっています。

(じごく:Hell)
Now this celestial pond just happened to lie directly over Hell,


だから

その水晶すいしようのような水みずを通とおして、

(水晶すいしよう:crystal)
(~を通とおして:through)
and peering through that crystal-clear water


三途さんずの河かわや針はりの山やまが、

ちょうど、虫眼鏡むしめがねで見みるように、

はっきりと見みえるのです。

(三途さんずの河かわ:the River of Death)
(針はりの山やま:the Mountain of Needles)
(虫眼鏡むしめがね:a magnifying glass)
was like looking through a magnifying glass at the River of Death and the Mountain of Needles and such.


すると

そのじごくの底そこに、


カンダタという男おとこが一人ひとり、

ほかの悪わるい人間にんげんたちと一緒いっしょに

苦くるしんでいる姿すがたが、見みえました。

(苦くるしむ:to suffer)
(姿すがた:figure, appearance)
The Buddha saw there, in the depths of Hell, a single man writhing along with the other sinners.


このカンダタという男おとこは、

This man was named Kandata,


人ひとを殺ころしたり、家いえに火ひをつけたり、

いろいろ悪わるいことをした

ひどい泥坊どろぼうです。

and he had been a notorious thief who had performed murder and arson and other acts of evil.


それでも

たった一ひとつ、良よいことをしたことがあります。

In his past, however, he had performed just one good deed:


それは

ある時とき

one day,


この男おとこが

深ふかい林はやしの中なかを歩あるいていますと、

when walking through the deep forest,


小ちいさなくもが一匹いっぴき、

道みちをはって行いくのが

見みえました。

(くも:spider)
(はう:to crawl)
he saw a spider crawling along the road.


そこで

カンダタは

すぐに、足あしをあげて、

踏ふみ殺ころそうとしました

(殺ころす:to kill)
At first he raised his foot to crush it,


しかし、

その時とき、急きゅうに

ガンダタは思おもいました。


「いや、いや、

 小ちいさくても、

 命いのちがあるのだろう。

(・命いのち:life)


 その命いのちを、理由りゆうもなく、とるのは

 かわいそうだ」

(・命いのちをとる(=殺ころす):to kill)
(かわいそうな:poor(・かわいそうに思おもう:to feel sorry, to feel pity))


ガンダタは

こう考かんがえを変かえて

とうとう

そのくもを殺ころさずに

助たすけてやったからです。

but suddenly he changed his mind and stopped, saying, "No, small though it may be, a spider, too, has life. It would be a pity to meaninglessly end it," and so did not kill it.


おしゃかさまは

じごくの様子ようすを

ごらんになりながら、

Looking down upon the captives in Hell


このカンダタには

くもを助たすけたことがあるのを

思おもい出だしました。

the Buddha recalled this kind act that Kandata had performed,


そうして

それだけの良よいことをしたのだから、

できるなら、

この男おとこを

じごくから救すくい出だしてやろう

と考かんがえました。

(・できるなら:if possible)
(救すくう:to save, to rescue, to help)
and thought to use his good deed as a way to save him from his fate.


幸さいわい

側そばを見みますと、

(幸さいわい:fortunately)
Looking aside,


ひすいのような色いろをした

はすの葉はの上うえに、

ごくらくのくもが、一匹いっぴき、

(・ひすい:jade)
there on a jade-colored lotus leaf he saw a single spider,


美うつくしい銀色ぎんいろの糸いとを

かけています。

spinning out a web of silver thread.


おしゃかさまは

そのくもの糸いとを

そっと手てに取とって、

The Buddha carefully took the spider's thread into his hand,


宝石ほうせきのように白しろいはすの間あいだから、

はるか下したにあるじごくの底そこへ、

まっすぐに

下おろしました。

(はるか:far)
and lowered it straight down between the jewel-like white lotuses into the depths of Hell.



二に

Two



こちらは

じごくの底そこの血ちの池いけで、

(血ちの池いけ:the Lake of Blood)


ほかの悪人あくにんたちと一緒いっしょに、

浮ういたり沈しずんだりしていたカンダタです。

(悪人あくにん:悪わるい人ひと)
(浮うく:to float)
Kandata was floating and sinking along with the other sinners in the Lake of Blood at the bottom of Hell.


どちらを見みても、とても暗くらくて、

It was pitch black no matter which way he looked,


その暗くらいじごくの中なかで

たまに、ぼんやり見みえるものがある

と思おもいますと、

and the occasional glimpse of light that he would see in the darkness


それは

恐おそろしい針はりの山やまの針はりが

光ひかるのですから、

would turn out to be just the glint of the terrible Mountain of Needles.


とても心細こころぼそい気持きもちでした。

(心細こころぼそい:lonely, uneasy)
How lonely he must have felt!


その上うえ

あたりは、墓はかの中なかのように静しずかで、

All about him was the silence of the grave,


たまに聞きこえるものは、

悪わるい人間にんげんたちの小ちいさなため息いきだけなのです。

(ため息いき:a sigh)
the only occasional sound being a faint sigh from one of the damned.


ここへ落おちて来くるほどの人間にんげんは、

もう さまざまなじごくの拷問ごうもんに

疲つかれてしまい、

(拷問ごうもん:torment, torture)
Those who were so evil as to be sent to this place were tired by its various torments,


大おおきな声こえを出だす力ちからさえ

なくなっているのでした。

and left without even the strength to cry out.


ですから

とても悪わるい泥棒どろぼうのカンダタさえ

血ちの池いけの血ちで、息いきができなくなり、

まるで死しにかかったかえるのように、

苦くるしんでいるのでした。

(かえる:frog)
Even the great thief Kandata could only squirm like a dying frog as he choked in the Lake of Blood.


ところが

ある時ときのことです。

But one day,


カンダタが頭あたまをあげて、

raising up his head


血ちの池いけの空そらを

眺ながめますと、

and glancing at the sky above the lake,


その静しずかで暗くらい空そらを

in the empty darkness


遠とおい遠とおい上うえの方ほうから、

銀色ぎんいろのくもの糸いとが、

下おりて来くるのです。

Kandata saw a silver spider's thread being lowered from the ceiling so far, far away.


まるで

人ひとに見みられるのを恐おそれるように、

(恐おそれる:to be afraid of, to fair)
The thread seemed almost afraid to be seen,


一本いっぽんの糸いとが

細ほそく光ひかりながら、

emitting a frail, constant light


自分じぶんの上うえへ

下おりて来くるのです。

as it came down to just above Kandata's head.


カンダタは

これを見みると、

思おもわず

手てを叩たたいて喜よろこびました。

(思おもわず:unconsciously, without thinking)
Seeing this, Kandata couldn't help but clap his hands in joy.


この糸いとをしっかりと持もって、

どこまでも、のぼって行いけば、

If he were to cling to this thread and climb up it,


きっと、このじごくから出でられるでしょう。

he may be able to climb out of Hell!


いや、

多分たぶん

ごくらくまで行いくことも

できるでしょう。

Perhaps he could even climb all the way to Paradise!


そうすれば、

もう針はりの山やまを

登のぼらされることもなくなれば、

Then he would never be chased up the Mountain of Needles,


血ちの池いけに

沈しずめられることもありません。

nor drowned in the Lake of Blood again.


こう思おもいましたから

Thinking so,


カンダタは、すぐに

そのくもの糸いとを

両手りょうてで、しっかりと、つかみながら、

he firmly grasped the spider's thread with both hands


一生懸命いっしょうけんめいに

上うえへ上うえへと

のぼり始はじめました。

and began to climb the thread, higher and higher.


ガンダタは

とても悪わるい泥坊どろぼうだったのですから、

Having once been a great thief,


こういうことは

昔むかしから、

慣なれているのです。

he was used to tasks such as this.


しかし

じごくとごくらくとの間あいだは、

何万里なんまんりも、ありますから、

(~里り:mile)
But the distance between Hell and Paradise is tens of thousands of miles,


いくら焦あせってみたところで、

容易よういに上うえへは出でられません。

(焦あせる:to hurry, to be in a hurry, to get nervous)
(容易よういな:easy)
and so it would seem that no amount of effort would make this an easy journey.


しばらく登のぼるうちに、

とうとうカンダタも疲つかれて、

After climbing for some time Kandata tired,


もう、少すこしも

上うえの方ほうへは

登のぼれなくなってしまいました。

and couldn't climb a bit higher.


そこで

仕方しかたがありませんから、

Having no other recourse,


少すこし休やすむつもりで、

糸いとの途中とちゅうに

ぶらさがりながら、

(ぶらさがる:to hang)
he hung there from the thread, resting,


下したの方ほうを

見下みおろしました。

and while doing so looked down below.


一生懸命いっしょうけんめいにのぼったので

He saw that he had made a good deal of progress.


さっきまで自分じぶんがいた血ちの池いけは、

The Lake of Blood that he had been trapped in


今いまでは、もう

暗くらい地獄じごくの底そこに かくれて

見えません。

was now hidden in the dark below,


それから

あの ぼんやり光ひかっている

恐おそろしい針はりの山やまも、

足あしの下したに なってしまいました。

and he had even climbed higher than the dimly glowing Mountain of Needles.


この調子ちょうしで、のぼって行いけば、

If he could keep up this pace,


じごくから、ぬけ出だすのも、

意外いがいに、簡単かんたんかもしれません。

(意外いがいな:unexpected(意外いがいに:unexpectedly))
perhaps he could escape from Hell after all.


カンダタは

両手りょうてで、くもの糸いとをつかんだまま

Kandata grasped the thread with both hands,


ここへ来きてから何年なんねんも

出だしたことのないような声こえで、


「やったぞ。やったぞ」

と言いって

笑わらいました。

and laughingly spoke in a voice that he hadn't used in the many years since he had come here, "I've done it! I've done it!"


ところが

ふと気きがつきますと、

(気きが付つく:to notice, to realize, to find)


くもの糸いとの下したの方ほうには、

Looking down, however,


とても たくさんの悪わるい人間にんげんたちが、

自分じぶんの のぼった後あとを、

まるでありの列れつのように、


やはり上うえへ上うえへ

一生懸命いっしょうけんめいに、

のぼって来くるではありませんか。

what did he see but an endless queue of sinners, intently following him up the thread like a line of ants!


カンダタは

これを見みると、

Seeing this,


驚おどろいたのと恐おそろしいのとで、

しばらくは、ただ、

馬鹿ばかのように

大おおきな口くちを開あけたまま、

(馬鹿ばか:a fool, an idiot)


目めばかり

動うごかしていました。

surprise and fear kept Kandata hanging there for a time with mouth open and eyes blinking like a fool.


自分じぶん一人ひとりでさえ、切きれそうな、

この細ほそいくもの糸いとが、


どうして

あれだけの人数にんずうの重おもさに

たえることができるでしょう。

(人数にんずう:the number of people)
(重おもさ:weight(重おもい:heavy))
(たえる:to stand up to, to withstand)
How could this slender spider's web, which should break even under just his weight, support the weight of all these other people?


もし、万一まんいち

途中とちゅうで切きれたら、

(万一まんいち:if)
If the thread were to snap,


ここまで のぼって来きた

この自分じぶんも、

じごくへ

真まっ逆さかさまに落おちてしまうでしょう。

(真まっ逆さかさまに:headfirst)
all of his effort would be wasted and he would fall back into Hell with the others!


そんなことがあったら、

大変たいへんです。

(大変たいへんな:serious, hard, difficult)
That just would not do.


が、

そう言いいっている間あいだにも、

But even as he thought these thoughts,


悪わるい人間にんげんたちは

何百なんびゃくも、何千なんぜんも、

暗くらい血ちの池いけの底そこから、

はい上あがって、

hundreds more, thousands more of the damned came crawling up from the Lake of Blood,


細ほそく光ひかっているくもの糸いとを、

一列いちれつになりながら、

一生懸命いっしょうけんめいに、のぼって来きます。

forming a line and scurrying up the thread.


今いますぐに、どうかしなければ、

If he didn't do something fast,


糸いとは

途中とちゅうで、切きれて、

落おちてしまうでしょう。

surely the thread would snap in the middle and he would fall back down.


そこで、カンダタは

大おおきな声こえを出だして、

叫さけびました。

Kandata shouted out,


「こら、お前まえら。

"Hey! You sinners!


 このくもの糸いとは

 おれのものだぞ。

This thread is mine!


 お前まえたちは

 一体いったい誰だれに尋きいて、

 のぼって来きた。

Who said you could climb up it?


 下おりろ。下おりろ」

Get off! Get off!"


その途端とたんです。

(途端とたん:as soon as, just as(その途端とたんです:その時ときです))


今いままで何なんともなかった、くもの糸いとが、

急きゅうに

カンダタの ぶら下さがっているところから、

ぷつりと音おとを立たてて切きれました。

Though the thread had been fine until just then, with these words it snapped with a twang right where Kandata held it.


ですから

カンダタも大変たいへんです。

Poor Kandata


あっと言いう間まに

風かぜを切きって、

こまのように くるくる まわりながら、

暗くらい地獄じごくの底そこへ、

まっさかさまに落おちてしまいました。

(こま:a top)
fell headfirst through the air, spinning like a top, right down through the darkness.


後あとには

ただごくらくのくもの糸いとが、

きらきらと細ほそく光ひかりながら、


月つきも星ほしもない空そらの途中とちゅうに、

短みじかく垂たれているばかりです。

The severed end of the silver thread hung there, suspended from heaven, shining with its pale light in that moonless, starless sky.


三さん

Three



おしゃかさまは


ごくらくのはすの池いけのふちに

立たって、

The Buddha stood in Paradise at the edge of the lotus pond,


この様子ようすを

じっと見みていました

silently watching these events.


が、

やがて

カンダタが

血ちの池いけの底そこへ

石いしのように沈しずんでしまいますと、

After Kandata sank like a stone to the bottom of the Lake of Blood,


悲かなしそうな顔かおをしながら、

また、散歩さんぽし始はじめました。

he continued his stroll with a sad face.


自分じぶんだけ、地獄じごくから、ぬけ出だそうとする、カンダタの心こころと

その心こころへの罰ばつで、また、地獄じごくへ落おちてしまったことに、

(罰ばつ:punishment)


おしゃかさまは、

驚おどろき、悲かなしまれたのでしょう。

He must have been surprised that even after such severe punishment Kandata's lack of compassion would lead him right back into Hell.


しかし

ごくらくのはす池いけのはすは、

少すこしも

そんなことは、

気きにしません。

(気きにする:to care)
Yet the lotus blossoms in the lotus ponds of Paradise care nothing about such matters.


その宝石ほうせきのような白しろい花はなは、

おしゃかさまの足あしのまわりに、

ゆらゆらと動うごいて、

Their jewel-like white flowers waved about the feet of the Buddha,


そのまん中なかの金色きんいろのところからは、

とても好よい匂においが、

いつものように あたりへ、あふれています。

and each flower's golden center continuously filled the place with their indescribably wondrous fragrance.


ごくらくも、もう

昼ひるなのでしょう。

It was almost noon in Paradise.


JLPT N3 Vocabulary: あいにく unfortunately


■あいにく
unfortunately


  ・あいにく、店みせは 閉しまっていた。


I'm sorry …


  ・すみません。あいにく、今日きょうは 忙いそがしくて、話はなしが できません。

Osamu Dazai: No Longer Human(人間失格)(1)


第一だいいちの手記しゅき(THE FIRST NOTEBOOK)


ここから大庭おおば葉蔵ようぞうという男おとこの手記しゅき


(手記しゅき:notebook)


Overcome by an intense feeling of alienation and otherness and finding it nearly impossible to understand those who surround him who live in egoism and bad faith, Oba can't help but resort to buffoonery in order to establish interpersonal relationships. He is sexually abused by a male servant and a female servant during his childhood, but decides that reporting it would be useless.


(1)


自分じぶん(葉蔵ようぞう)には、

人間にんげんの生活せいかつが、

理解りかいできませんでした。




第一だいいちの手記しゅき(THE FIRST NOTEBOOK)




恥はじの多おおい人生じんせいを

送おくって来きました。

(恥はじ:shame)
(人生じんせい:life)


自分じぶんには

人間にんげんの生活せいかつというものが

理解りかいできないのです。


自分じぶんは

東北とうほくの田舎いなかに生うまれました。

(東北とうほく:the northeastern area of Honshu)


汽車きしゃをはじめて見みたのは

かなり大おおきくなってからでした。


自分じぶんは

駅えきのブリッジを

上あがったり、降おりたりしました。

(ブリッジ:overpass)


自分じぶんは

それが

線路せんろを越こえるために作つくられたものだ

ということに

気きづきませんでした。

(線路せんろ:railway track)


そして、それは

駅えきのなかを

外国がいこくの遊園地ゆうえんちみたいに複雑ふくざつにして

楽たのしくするためのものだ

と思おもっていました。

(遊園地ゆうえんち:playground)
(複雑ふくざつな:complicated)


しかも

かなり長ながい間あいだ

そう思おもっていたのです。


ブリッジを

上あがったり降おりたりするのは

自分じぶんには

むしろ、都会とかいの遊あそびでした。


それは

鉄道てつどうのサービスの中なかでも

最もっとも、おもしろいサービスだ

と思おもっていたのです。


が、のちに

それは、ただ

客きゃくが線路せんろを越こえるための階段かいだんだ

と知しりました。


それは

とても現実的げんじつてきな目的もくてきで作つくられた階段かいだんだ

と知しって

がっかりしました。

(現実的げんじつてきな:realistic)



また、自分じぶんは

子供こどもの頃ころ

絵本えほんで地下鉄ちかてつというものを見みました。

(絵本えほん:picture book)
(地下鉄ちかてつ:a subway)


そして

これも

おもしろい遊あそびだ

と思おもっていました。


これも、やはり

現実的げんじつてきな必要ひつようから

考かんがえられたものではない

と思おもっていました。


地上ちじょうの車くるまに乗のるよりは

地下ちかの車くるまに乗のったほうが

面白おおしろいからだ

と思おもっていました。

(地上ちじょう:on the ground)



自分じぶんは

子供こどもの頃ころから体からだが弱よわく

よく病気びょうきになりました。


寝ねながら

シーツや枕まくらのカバー、布団ふとんのカバーを

とても、つまらない飾かざりだ

と思おもっていました。

(シーツ:sheet)
(カバー:case, cover)
(飾かざり:decoration)


それが、現実的げんじつてきな目的もくてきで作つくられたものだと

二十歳はたちちかくになって

わかりました。


そして

人間にんげんとは、何なんと、つまらないものなのだろう、

と思おもい

暗くらく悲かなしい気持きもちになりました。


⇒ Osamu Dazai: No Longer Human: Prologue(はしがき)

Osamu Dazai: No Longer Human(人間失格)Prologue(はしがき)


■人間にんげん失格しっかく(No Longer Human)


太宰だざい治おさむ(Osamu Dazai)

はしがき(Prologue)

ある男おとこの、奇妙きみょうな三枚さんまいの写真しゃしんについて。



はしがき(PROLOGUE)


私わたしは

その男おとこの写真しゃしんを三枚さんまい

見みたことがある。


一枚いちまいは

その男おとこの、子供こども時代じだい

十歳じっさい前後ぜんごの写真しゃしんだった。


その子供こどもは

大勢おおぜいの女おんなの中なかに、いた。


それは

その子供こどもの姉あねたち

妹いもうとたち

それから、親戚しんせきたちだろう。


子供こどもは

庭にわの池いけのそばに立たって

みにくく笑わらっている。

(みにくい:ugly)


みにくく?


世よの中なかには

その写真しゃしんを見みせられても

「かわいい子供こどもですね」

などと言いう人ひとが、いるかもしれない。


つまり

美うつくしいものに関心かんしんのない人ひとたちなら

つまらなさそうに

そんなことを言いうかもしれない。

(関心かんしん:interest, concern)
(つまらない:boring, dull)


しかし

その言葉ことばも

もしかすると、本当ほんとうかもしれない

と思おもってしまうくらいの「かわいさ」みたいなものが

その子供こどもの笑顔えがおにはあった。


が、しかし

少すこしでも

美うつくしいものを見みて、知しっている人ひとなら


その写真しゃしんを少すこし見みただけで、すぐに

「なんて、いやな子供こどもだ」

と、言いうだろう。


そして

写真しゃしんを

投なげ捨すててしまうかもしれない。


その子供こどもの笑顔えがおは

見みれば見みるほど

何なんとも言いえない気味きみの悪わるいものを

感かんじる。

(気味きみの悪わるい:weird)


そもそも、それは、笑顔えがおではない。


この子こは

少すこしも笑わらってはいないのだ。


なぜなら、

この子こは

両方りょうほうの手てのこぶしを

固かたく握にぎって

立たっている。

(こぶし:fist)


人間にんげんは

こぶしを固かたく握にぎりながら

笑わらうことはできない。


猿さるだ。

(猿さる:a monkey)


猿さるの笑顔えがおだ。


ただ

顔かおにしわが

あるだけなのである。

(しわ:wrinkle)


見みている人ひとの気分きぶんを悪わるくさせるような、

そんな奇妙きみょうな表情ひょうじょうの写真しゃしんであった。


私わたしは、これまで

こんな不思議ふしぎな表情ひょうじょうの子供こどもを

見みたことがなかった。



二枚目にまいめの写真しゃしんの顔かおは

また

びっくりするくらい変かわっていた。


学生がくせいの姿すがたである。


高校こうこう時代じだいの写真しゃしんか

大学だいがく時代じだいの写真しゃしんか

はっきりしない。


が

とにかく、おそろしくハンサムな学生がくせいである。

(ハンサムな:good-looking, handsome)


しかし

これもまた、不思議ふしぎにも

生いきている人間にんげんの感かんじはしなかった。


学校がっこうの制服せいふくを着きて

胸むねのポケットからは、

白しろいハンカチが見みえている。

(制服せいふく:uniform)


そして

椅子いすに座すわって

足あしを組くんでいる。

(足あしを組くむ:to sit with his legs crossed)


そして、やはり

笑わらっている。


こんどの笑顔えがおは

猿さるの笑顔えがおではない。


大人おとなの、ほほ笑えみである。


が、しかし

人間にんげんの笑わらいと、どこか違ちがう。


その表情ひょうじょうから、

生いきている人間にんげんの血ちだとか、

命いのちだとか、

そのようものを感かんじることができない。


それは

鳥とりの形かたちをしていても

鳥とりの毛けが、あるだけのように、

とても軽かるい。


まるで、

何なにも書かいていない、ただの白しろい紙かみが

一枚いちまいあるだけである。


そして、笑わらっている。


つまり

すべてが、嘘うそなのである。


本物ほんものではないのである。


しかも

よく見みていると

このハンサムな学生がくせいにも

何なにか気味きみの悪わるいものが感かんじられる。


私わたしは、これまで

こんな不思議ふしぎな青年せいねんを

見みたことが、なかった。



もう一枚いちまいの写真しゃしんは

最もっとも奇妙きみょうなものである。


もうとしが、わからない。


頭あたまの髪かみは

少すこし白しろくなっているようである。


ひどく汚きたない部屋へやのすみに

座すわっている。


部屋へやの壁かべが

三ヶ所さんかしょほど、壊こわれているのが、

その写真しゃしんにハッキリ写うつっている。


小ちいさい火鉢ひばちで

両手りょうてを温あたためている。

(火鉢ひばち:charcoal brazier)


こんどは笑わらっていない。


どんな表情ひょうじょうもない。


いわば

座すわって、火鉢ひばちで両手りょうてを温あたためながら

死しんでいるような

本当ほんとうに気味きみの悪わるい写真しゃしんであった。


気味きみの悪わるいのは

それだけではない。


その写真しゃしんには

顔かおが大おおきく写うつっていた。


だから

私わたしは

その顔かおを

丁寧ていねいに調しらべることができた。


額ひたいは普通ふつう

額ひたいのしわも普通ふつう

眼めも普通ふつう

鼻はなも口くちもあごも……

(額ひたい:a forehead)


ああ、この顔かおには表情ひょうじょうがない。


印象いんしょうさえない。

(印象いんしょう:impression)


特徴とくちょうがないのだ。

(特徴とくちょう:a characteristics; a feature)


たとえば

私わたしがこの写真しゃしんを見みて

目めをとじる。


既すでに私わたしは

この顔かおを忘わすれている。


部屋へやの壁かべや

小ちいさい火鉢ひばちは

思おもい出だすことができる。


けれども

その部屋へやに座すわっている男おとこの顔かおは

思おもい出だせない。


顔かおの印象いんしょうは

すっと消きえてしまい

どうしても、思おもい出だせない。


絵えにならない顔かおである。


漫画まんがにもならない顔かおである。

(漫画まんが:a cartoon, comics)


目めをひらく。


あ、こんな顔かおだったのか

と思おもい出だす。


思おもい出だしても

よろこびさえない。


まるで、

目めをひらいて、その写真しゃしんを再ふたたび見みても

思おもい出だせない、

そんな顔かおである。


そうして

見みただけで、

イライラして、気分きぶんが悪わるくなるような顔かおである。


「死しんだ人間にんげんの顔かお」でも

もっと何なにか

表情ひょうじょうや印象いんしょうがある。


人間にんげんのからだに

馬うまの首くびをつけたら

こんな感かんじになるのだろうか……


とにかく

見みる者ものを

いやな気持きもちにさせるのだ。


私わたしは、これまで

こんな不思議ふしぎな男おとこの顔かおを

見みたことが、なかった。


⇒ Osamu Dazai: No Longer Human(人間失格)(1)

JLPT N3 Vocabulary: 合図(あいず)sign, signal


■合図あいず(あいず)
[noun]
sign, signal


  ・合図あいずを する

    (to make a sign)


  ・合図あいずを 出だす

    (to make a sign)


  ・先生せんせいは、みんなに、静しずかに するように、合図あいずを した。


  ・彼かれは、みんなに、仕事しごとを 始はじめるように、合図あいずを出だした。


■合図あいずする(あいず する)
[verb]
to make a sign


  ・先生せんせいは、みんなに、静しずかに するように、合図あいずした。

JLPT N3 Vocabulary: 愛情(あいじょう)love, affection


■愛情あいじょう(あいじょう)
love, affection


  ・私わたしは、彼女かのじょの 子供こどもへの 愛情あいじょうを 感かんじた。

    (感かんじる:to feel)


  ・それは、母親ははおやの 子供こどもへの 愛情あいじょうだった。

    (母親ははおや:mother)

Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(3)


(3)


同おなじ家いえにいても

主人しゅじんの顔かおを見みることは、ほとんどない。

My master seldom comes face-to-face with me.


主人しゅじんの仕事しごとは教師きょうしだそうだ。

I hear he is a schoolteacher.


学校がっこうから帰かえると、ずっと書斎しょさいにいて

出でて来くることはない。

(書斎しょさい:a study)
As soon as he comes home from school, he shuts himself up in the study for the rest of the day; and he seldom emerges.


家いえの人ひとたちは

大変たいへんな勉強家べんきょうかだと思おもっている。

(勉強家べんきょうか:よく勉強べんきょうをする人ひと)
The others in the house think that he is terribly hard-working.


本人ほんにんも、勉強家べんきょうかであるかのように見みせている。

He himself pretends to be hard-working.


しかし、実際じっさいは、それほど勉強家べんきょうかではない。

But actually he works less hard than any of them think.


吾輩わがはいは、時々ときどき

こっそり、彼かれの書斎しょさいをのぞいてみるが、

彼かれはよく昼寝ひるねをしている。

(昼寝ひるねをする:to take a nap)
Sometimes I tiptoe to his study for a peep and find him taking a snooze.


時々ときどき読よみかけの本ほんの上うえに

よだれをたらしている。

(よだれ:slobber; slaver)
Occasionally his mouth is drooling onto some book he has begun to read.


彼かれは、胃いが弱よわくて

顔色かおいろが悪わるい。

He has a weak stomach and his skin is of a pale yellowish color.


それなのに、たくさん飯めしを食くう。

Nevertheless he is an enormous gormandiser.


たくさん飯めしを食くった後あとで

タカジヤスターゼ(胃いのくすり)を飲のむ。

After eating a great deal, he takes some taka-diastase for his stomach


飲のんだ後あとで

本ほんを読よみ始はじめる。

and, after that, he opens a book.


二三にさんページ読よむと眠ねむくなる。

When he has read a few pages, he becomes sleepy.


よだれを本ほんの上うえへ垂たらす。

He drools onto the book.


これが、彼かれが毎日まいにち繰くり返かえしていることである。

This is the routine religiously observed each evening.


吾輩わがはいは、時々ときどき考かんがえる。

教師きょうしというものは実じつに楽らくな仕事しごとだ……

人間にんげんに生うまれたら教師きょうしになりたい……

こんなに寝ねていても、できるのなら

猫ねこにだってできるだろう……。

There are times when even I, a mere cat, can put two thoughts together. “Teachers have it easy. If you are born a human, it's best to become a teacher. For if it's possible to sleep this much and still to be a teacher, why, even a cat could teach.”


それでも、

主人しゅじんは、友達ともだちが来くるたびに

教師きょうしほど、つらいものはない

と文句もんくを言いっている。

However, according to the master, there's nothing harder than a teacher's life and every time his friends come round to see him, he grumbles on and on.


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(4)

⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(1)

Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(2)


(2)


その草くさの中なかから、やっと這はい出だすと

向むこうに大おおきな池いけがある。

After a struggle, I managed to scramble clear of the clump and emerged to find a wide pond stretching beyond it.


吾輩わがはいは、池いけの前まえに座すわって

どうしよう、と考かんがえた。

I sat at the edge of the pond and wondered what to do.


別べつに、良よい考かんがえも浮うかばない。

No helpful thought occurred.


しばらくして

鳴ないていたら書生しょせいがまた来きてくれるかもしれない、

と思おもった。

After a while it struck me that, if I cried, perhaps the might come back to fetch me.


それで、ニャー、ニャーと鳴ないてみたが

誰だれも来こない。

I tried some feeble mewing, but no one came.


そのうちに、

池いけの上うえに、さらさらと風かぜが吹ふき、

日ひが暮くれ始はじめた。

Soon a light wind blew across the pond and it began to grow dark.


腹はらが非常ひじょうに減へって来きた。

I felt extremely hungry.


鳴なきたくても、もう声こえが出でない。

I wanted to cry, but I was too weak to do so.


仕方しかたがない、何なんでもよいから食たべ物もののあるところまで、あるこう

と、決心けっしんをして

ゆっくりと、池いけを左ひだりに回まわり始はじめた。

There was nothing to be done. However, having decided that I simply must find food, I turned, very, very slowly, left around the pond.


非常ひじょうに苦くるしかった。

It was extremely painful going.


それを我慢がまんして、あるいて行いくと

ようやく、人間にんげんのいそうな場所ばしょへ出でた。

Nevertheless, I persevered and crawled on somehow until at long last I reached a place where my nose picked up some trace of human presence.


ここへ入はいったら、

何なんとかなるだろう、と思おもって

竹たけの生いけ垣がきが、崩くずれかけた穴あなから、

ある家いえの中なかに入はいり込こんだ。

(生いけ垣がき:hedge)
I slipped into a property through a gap in a broken bamboo fence, thinking that something might turn up once I got inside.


偶然ぐうぜんというのは不思議ふしぎなもので、

もし、この生いけ垣がきが壊こわれていなかったら、

吾輩わがはいは、ついに、行いく場所ばしょがないまま、

食たべるものもなくて、道みちばたで死しんでしまったのかもしれない。

(道みちばた:roadside)
It was sheer chance; if the bamboo fence had not been broken just at that point, I might have starved to death at the roadside.


この生いけ垣がきの穴あなに助たすけられた。


この穴あなは、今いまでも、

吾輩わがはいが隣となりの家いえの三毛みけを訪問ほうもんする時ときに使つかっている。

(三毛みけ(三毛猫みけねこ):a tortoise-shell cat)
To this very day that gap has served as my shortcut to the neighbor's tortoiseshell.


さて家いえの中なかに入はいり込こんだが、

次つぎに、どうすればよいのか、わからない。

Well, though I had managed to creep into the property, I had no idea what to do next.


そのうちに暗くらくなる、腹はらは減へる、寒さむい、

それに、雨あめも降ふって来きた。

Soon it got really dark. I was hungry, it was cold and rain began to fall.


早はやく、何なんとかしなければならない。

I could not afford to lose any more time.


仕方しかたがないから、とにかく、

明あかるくて暖あたたかそうな方ほうに向むかって

歩あるいて行いく。

I had no choice but to struggle toward a place which seemed, since brighter, warmer.


今いまから考かんがえると

その時とき、すでに、建物たてものの中なかに入はいっていたようだ。

I did not know it then, but I was in fact already inside the house


ここで、吾輩わがはいは、また、人間にんげんに出会であう。

where I now had a chance to observe further specimens of humankind.


第一だいいちに会あったのが、おさんである。

(おさん:maid, 台所だいどころで働はたらく女性じょせい)


これは、最初さいしょに出会であった書生しょせい(学生がくせい)よりも、

さらに乱暴らんぼうで

吾輩わがはいを見みるとすぐに、吾輩わがはいの首くびの後うしろをつかんで

外そとへ放ほうり出だした。

The first one that I met was O-san, the servant-woman, one of a species yet more savage than the shosei. No sooner had she seen me than she grabbed me by the scruff of the neck and flung me out of the house.


いや、これは駄目だめだ

と思おもったから、目めをつぶって、

運うんを天てんにまかせて、じっとしていた。

Accepting that I had no hope, I lay stone-still, my eyes shut tight and trusting to Providence.
(運うん:fate, destiny)
(天てん:God)
(運うんを天てんにまかせる:状況じょうきょうにまかせること)


しかし、腹はらはすくし、寒さむい。

もう我慢がまんできない。

But the hunger and the cold were more than I could bear.


吾輩わがはいは、また、

おさんのすきを狙ねらって、台所だいどころへ入はいり込こんだ。

Seizing a moment when O-san had relaxed her watch, I crawled up once again to flop into the kitchen.


すると、また、おさんに見みつかって、

投なげ出だされた。

I was soon flung out again.


吾輩わがはいは投なげ出だされては、入はいり込こみ、

入はいり込こんでは、投なげ出だされた。

I crawled up yet again, only to be flung out yet again.


そんなことを、四五回しごかい繰くり返かえしたのを覚おぼえている。

I remember that the process was several times repeated.


その時ときに

おさんという人間にんげんが、とても嫌きらいになった。

Ever since that time, I have been utterly disgusted with this O-san person.


最近さいきん、おさんのサンマを盗ぬすんでやって

仕返しかえしをしたので、

何なんとか気持きもちがおさまった。

(サンマ:a saury)
(仕返しかえし:revenge)
The other day I managed at long last to rid myself of my sense of grievance, for I squared accounts by stealing her dinner of mackerel-pike.


吾輩わがはいが、最後さいごに、つまみ出だされそうになったときに、

この家うちの主人しゅじんが出でてきて、

騒々そうぞうしい、何なんだ?

と言いった。

(主人しゅじん:husband; the head of a family)
(騒々そうぞうしい:noisy)
As I was about to be flung out for the last time, the master of the house appeared, complaining of the noise and demanding an explanation.


おさんは、

吾輩わがはいをぶら下さげて

主人しゅじんの方ほうへ向むけると

この小ちいさな野良猫のらねこが、いくら外そとに放ほうり出だしても

台所だいどころに入はいってきて、困こまります

と言いった。

(野良猫のらねこ:a stray cat)
The servant lifted me up, turned my face to the master and said, “This little stray kitten is being a nuisance. I keep putting it out and it keeps crawling back into the kitchen.”


主人しゅじんは、

吾輩わがはいの顔かおを眺ながめながら

しばらく、何なにか考かんがえていたが、

やがて

それなら家うちで飼かってやれ

と言いって、奥おくの部屋へやに入はいってしまった。

The master briefly studied my face. Then, “In that case, let it stay,” he said; and turned and went inside.


この家うちの主人しゅじんは、

あまり話はなしをしないようだった。

The master seemed to be a person of few words.


おさんは、悔くやしそうに

吾輩わがはいを台所だいどころへ放はなした。

(悔くやしい:to be frustrated; to be disappointed)
The servant resentfully threw me down in the kitchen.


このようにして、吾輩わがはいは、ついに

この家うちで暮くらすことになったのである。

And it was thus that I came to make this house my dwelling.


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(3)


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(1)

Soseki Natsume: I am a Cat(吾輩は猫である)(1)


吾輩わがはいは猫ねこである(一)(I Am a Cat)


(1)


吾輩わがはいは猫ねこである。名前なまえはまだ無ない。

(吾輩わがはい:私わたし、I)
I am a cat. As yet I have no name.


どこで生うまれたのか、

まったくわからない。

I've no idea where I was born.


とにかく、薄暗うすぐらいところで、

ニャーニャー鳴ないていたことだけは記憶きおくしている。

All I remember is that I was miaowing in a dark place


吾輩わがはいは、ここで初はじめて

人間にんげんというものを見みた。

when, for the first time, I saw a human being.


しかも、あとで聞きくと、

それは書生しょせい(学生がくせい)というもので、

人間にんげんの中なかでは、一番いちばん悪わるい人ひとたちだそうだ。

This human being, I heard afterwards, was a member of the most ferocious human species; a shosei, one of those students who, in return for board and lodging, perform small chores about the house.


彼かれらは、時々ときどき我々われわれを捕つかまえて

煮にて食たべるらしい。

(煮にる:to boil)
I hear that, on occasion, this species catches, boils, and eats us.


しかし、その時ときは、そんなことを知しらなかったので、

別べつに恐おそろしいとも思おもわなかった。

However as at that time I lacked all knowledge of such creatures, I did not feel particularly frightened.


ただ彼かれの手てのひらに載のせられて

スーと持もち上あげられた時とき

何なんだかフワフワした感かんじがしただけである。

(手てのひら:palm)
I simply felt myself floating in the air as I was lifted up lightly on his palm.


手てのひらの上うえで少すこし落おちつくと

吾輩わがはいは、

その人間にんげんの顔かおを見みた。

When I accustomed myself to that position, I looked at his face.


この時とき初はじめて

人間にんげんの顔かおというものを見みたのである。

This must have been the very first time that ever I set eyes on a human being.


吾輩わがはいは、奇妙きみょうなものだと思おもった。

その感かんじは

今いまでも残のこっている。

The impression of oddity, which I then received, still remains today.


第一だいいち、普通ふつうは毛けで覆おおわれているはずの顔かおが

つるつるしている。

まるで、やかんだ。

(やかん:kettle)
First of all, the face that should be decorated with hair is as bald as a kettle.


その後ご、いろいろな猫ねこにあったが、

こんな奇妙きみょうな顔かおの猫ねこにあったことは一度いちどもない。

Since that day I have met many a cat but never have I come across such deformity.


それだけではない。


顔かおの真まん中なかが、ひどく飛とび出だしている。


そうして、

その穴あなの中なかから、時々ときどき、ぷうぷうと煙けむりを吐はき出だす。

The center of the face protrudes excessively and sometimes, from the holes in that protuberance, smoke comes out in little puffs.


吾輩わがはいは、

その煙けむりのせいで、息いきができず、ひどく苦くるしかった。


これが、人間にんげんの吸すうタバコというものだと

知しったのは、最近さいきんのことだ。

I was originally somewhat troubled by such exhalations for they made me choke, but I learnt only recently that it was the smoke of burnt tobacco which humans like to breathe.


吾輩わがはいは、

この人間にんげんの手てのひらの上うえで

少すこしの間あいだ、気持きもちよく座すわっていたが

しばらくすると、とても速はやいスピードで動うごき始はじめた。

For a little while I sat comfortably in that creature's palm, but things soon developed at a tremendous speed.


人間にんげんが動うごくのか、自分じぶんだけが動うごくのか

わからないが、

とにかく、あまりにも動うごくので、目めが回まわる。

(目めが回まわる:to feel giddy)


気分きぶんが悪わるくなる。

I could not tell whether the shosei was in movement or whether it was only I that moved; but anyway I began to grow quite giddy, to feel sick.


これは、死しぬかもしれないと思おもっていると

どさりと音おとがして

目めから火ひが出でた。

And just as I was thinking that the giddiness would kill me, I heard a thud and saw a million stars.
(目めから火ひが出でる:強つよく頭あたまを打うった時ときに、光ひかりが見みえること)


どこかへ投なげ捨すてられたようだ。

(投なげ捨すてる:to throw away)


それまでは、覚おぼえているが、

あとは、何なにが起おきたのか、思おもい出だせない。

Thus far I can remember but, however hard I try, I cannot recollect anything thereafter.


ふと気きが付ついてみると人間にんげんはいない。

When I came to myself, the creature had gone.


たくさんいた吾輩わがはいの兄弟きょうだいも

一匹いっぴきも見みえない。

I had at one time had a basketful of brothers, but now not one could be seen.


大事だいじな母親ははおやの姿すがたさえ見みえない。

Even my precious mother had disappeared.


しかも、今いままでいたところと違ちがって

ひどく明あかるい。

Moreover I now found myself in a painfully bright place most unlike that nook where once I'd sheltered.


目めを開あけていられないほどだ。

It was in fact so bright that I could hardly keep my eyes open.


どうしたのだろう、と思おもって

のそのそ這はい出だしてみると

非常ひじょうに痛いたい。

(這はう:to crawl)
Sure that there was something wrong, I began to crawl about. Which proved painful.


吾輩わがはいは、

やわらかい藁わらの上うえから

急きゅうに、

笹ささの原はらっぱに捨すてられていたのである。

(藁わら:straw)
(笹ささ:bamboo grass)
I had been snatched away from softest straw only to be pitched with violence into a prickly clump of bamboo grass.


⇒ 吾輩わがはいは猫ねこである(2)

Japanese Ghost Stories 雪女(ゆきおんな)(5)The Woman of the Snow


(5)


彼女かのじょは

そう言いってから

振ふり返かえると

外そとへ、出でて行いきました。

(振ふり返かえる:to turn around)
With these words, she turned from him, and passed through the doorway.


その時とき、彼かれは

自分じぶんが動うごけることに気きが付つきました。

(動うごける:can move(動うごく:to move))
(気きが付つく:to notice, to find)
Then he found himself able to move;


彼かれは

飛とび起おきて

外そとを見みました。

(飛とび起おきる:to spring up)
and he sprang up, and looked out.


女おんなは

もう、見みえませんでした。

But the woman was nowhere to be seen;


雪ゆきは

小屋こやの中なかへ

はげしく吹ふきこんでいました。

(吹ふきこむ:外そとから中なかへ吹ふく)
(吹ふく:to blow)
and the snow was driving furiously into the hut.


みのきちは

戸とを閉しめて

木きの棒ぼうで固定こていしました。

(棒ぼう:billet)
(固定こていする:to fix)
Minokichi closed the door, and secured it by fixing several billets of wood against it.


彼かれは

風かぜが

戸とを押おし開あけたのかもしれない

と、思おもいました。

He wondered if the wind had blown it open;


あるいは

夢ゆめを見みていたのかもしれない

と思おもいました。

(あるいは:or)
(夢ゆめを見みる:to dream)
- he thought that he might have been only dreaming,


雪ゆきの明あかりを

白しろい女おんなの姿すがたと

見間違みまちがえたのかもしれない

とも、思おもいました。

(姿すがた:figure)
(見間違みまちがえる:to mistake)
and might have mistaken the gleam of the snow-light in the doorway for the figure of a white woman:


しかし

はっきりとしませんでした。

(はっきりする:to know for sure)
but he could not be sure.


彼かれは

もさくを呼よびました。

He called to Mosaku,


しかし、もさくが

返事へんじをしないので

彼かれは

怖こわくなりました。

(返事へんじ:answer)
and was frightened because the old man did not answer.


彼かれは、暗くらい小屋こやの中なかで

手てをのばして

もさくの顔かおに、ふれました。

(のばす:to put out)
He put out his hand in the dark, and touched Mosaku's face,


それは、氷こおりでした。

(氷こおり:ice)
and found that it was ice!


もさくは

凍こおって

死しんでいました。……

(凍こおる:to freeze)
Mosaku was stark and dead....


⇒ Japanese Ghost Stories 雪女(ゆきおんな)(6)


⇒ Japanese Ghost Stories 雪女(ゆきおんな)(1)