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Japanese Short Stories 仙女(せんにょ) Ryunosuke Akutagawa




仙女せんにょ女性じょせいかみ、またはかみちか女性じょせい


うつくしいおんなが、おじいさんをたたいていた。

たたく:to hit)

おとこは、おんなめようとした。

すると、おんなは、

不思議ふしぎなことをった。

不思議ふしぎな:strange)


むかし中国ちゅうごくのある田舎いなか

青年せいねん一人ひとりんでいました。

青年せいねん:a young man)
田舎いなか:the country; the countryside)


なにしろ中国ちゅうごくのことですから、

ももはないたまどしたで、

ほんばかりんでいたのでしょう。

もも:a peach)


このおとこうちとなり

としわかおんな一人ひとり

──それもうつくしいおんな一人ひとり

んでいました。


おとこ

このわかおんな不思議ふしぎおもっていました。


それも当然とうぜんです。

当然とうぜん:It is natural that ….)


彼女かのじょだれなのか、

彼女かのじょなにをしてらしているのか

だれらなかったのですから。


あるかぜのないはる夕方ゆうがた

おとこが、ふとそとてみると、

このわかおんなが、なにさけんでいました。

さけぶ:to shout, to cry)


そのこえは、

どこかのにわとりが、のんびりといているなか

とても目立めだってこえてくるのです。

(のんびり:relaxed; quiet)
目立めだって:conspicuously; remarkably)


おとこは、どうしたのか、とおもいながら、

彼女かのじょいえまえってみました。


すると、おこった彼女かのじょは、

としをとったこりの、おじいさんをつかまえて、

ぽかぽか、その白髪しらがあたまなぐっているのです。

こり:a woodcutter)
つかまえる:to catch)
白髪しらが:gray hair)
なぐる:to hit)


しかも、こりのおじいさんは

なみだをぽろぽろながしながら、

必死ひっしであやまっているではありませんか!

必死ひっしで:desperately)


「これは一体いったいどうしたのです?

 なにもこんなとしよりを、なぐらなくてもいいじゃありませんか!──」


おとこ彼女かのじょをおさえ、

一生懸命いっしょうけんめいに、めようとしました。

(おさえる:to hold)
一生懸命いっしょうけんめいに:(to do)very hard)


第一だいいち年上としうえひとなぐるのは、

 くないことです」

年上としうえ:older; senior)


年上としうえひとを?

 このこりは、わたしよりも年下とししたです」

年下としした:younger)


冗談じょうだんってはいけません」

冗談じょうだん:a joke)


「いえ、冗談じょうだんではありません。

 わたしは、このこりの母親ははおやですから」


おとこは、おどろいてしまい、

おもわず、彼女かのじょかおつめました。

おもわず:unconsciously, without realizing it)


やっと彼女かのじょは、こりをはなしました。

はなす:let go of …)


うつくしい彼女かのじょは、おとこをじっとつめて

こううのです。


「わたしは、この息子むすこのために、

 どのくらい、苦労くろうをしたかわかりません。

苦労くろうをする:to have trouble)


 けれども、息子むすこは、わたしの言葉ことばかずに、

 わがままなことばかりしていましたから、

 とうとうとしをとってしまったのです」

(わがまま:selfish)


「でも、……このこりはもう七十ななじゅうくらいでしょう。

 そのこりの母親ははおやだというあなたは、

 一体いったいいくつなのです?」


「わたしですか?

 わたしは三千六百歳さんぜんろっぴゃくさいです」


おとこはこの言葉ことばいたとき

このうつくしいとなりおんな仙人せんにんだったことにづきました。

仙人せんにんかみかみちかひと
づく:to notice, to recognize)


しかし、もうそのときには、

うつくしい彼女かのじょ姿すがた

どこかへえていました。

姿すがたえる:to disappear)


おだやかなはるひかりなか

こりの、おじいさんをのこしたまま。……

(おだやかな:calm, quiet)