(2)
Over the course of four nights, Gauche is visited at his mill house home by talking animals as he is practicing. The first night, a tortoiseshell cat came to Gauche and, giving him a tomato, asked him to play Schumann's "Traumerei". Gauche was irritated, as the tomato was from his garden outside, so he berated the cat and instead played "Tiger Hunt in India". This startled the cat and made it leap up and down in astonishment. The cat ran away in fright.
その晩遅く
ゴーシュは、何か大きな黒いものを背負って
自分の家へ帰ってきました。
家といっても、それは
町はずれの、川のそばにある
こわれた水車小屋でした。
ゴーシュは、そこに、たった一人で住んでいて
午前中は、小屋のまわりの小さな畑で
トマトの枝をきったり
キャベツの虫をとったりして
昼過ぎになると、いつも出て行っていたのです。
ゴーシュがうちへ入って、あかりをつけると
さっきの黒いケースをあけました。
それは、あのチェロでした。
ゴーシュは、それを床の上にそっと置くと、
いきなり、棚からコップをとって
バケツの水をごくごく飲みました。
それから、頭を一度ふって
椅子に座ると
まるで虎みたいな勢いで
ひるに練習した曲を弾きはじめました。
楽譜をめくりながら
弾いては考え、考えては弾き
一生懸命、最後まで行くと
また、はじめから、何度も何度も、ごうごうごうごう、弾きつづけました。
夜中も、すぎて
ゴーシュは、もう、じぶんが弾いているのかどうかも
わからないようになって
顔も、まっ赤になり
目も、赤くなり、
ものすごい顔つきになり
いまにも、倒れそうでした。
そのとき、誰かが、うしろの戸を
とんとんと叩きました。
「ホーシュ君か?」
ゴーシュは、寝ぼけたように叫びました。
ところが、すうっと戸を押して、入って来たのは
いままで、五六回見たことのある、大きな三毛猫でした。
ゴーシュの畑からとった
半分熟したトマトを
とても重そうに持って来て
ゴーシュの前におろして、言いました。
「ああ疲れた。
なかなか運搬は大変だ」
「何だと」
ゴーシュが言いました。
「これ、おみやげです。
食べてください」
三毛猫が、言いました。
ゴーシュは、
昼から、ずっと我慢していたせいか
急に大声で怒鳴りました。
「誰が、お前にトマトなど持ってこいと言った。
第一、おれが、お前のもってきたものなど、食うか。
それから、そのトマトだって、おれの畑のやつだ。
何だ。赤くなってないやつをとってきて。
出て行け。猫め」
すると猫は
肩をまるくして
目を細くしていましたが、
口のあたりで、にやにや笑って
言いました。
「先生、そんなに怒ると、
体に悪いですよ。
それよりシューマンのトロメライを弾いてみてください。
聞いてあげますから」
「生意気なことを言うな。
猫のくせに」
ゴーシュは腹が立ったので、
この猫をどうしてやろうか、と考えました。
「いや、遠慮は要りません。
どうぞ。
わたしは、どうも先生の音楽をきかないと、眠れないんです」
「生意気だ。生意気だ。生意気だ」
ゴーシュは
すっかり、まっ赤になって
昼間に指揮者がしたように
足で床を踏みつけて、どなりました。
が、急に、落ち着いて
静かに言いました。
「では、弾くよ」
ゴーシュは、何を思ったのか
戸にかぎをかけて
窓もみんな閉めてしまい、
それからチェロをとりだして
明かりを消しました。
すると、外から、月のひかりが、部屋のなかへ
半分ほど、はいってきました。
「何を弾けと?」
「トロメライ、シューマン作曲」
猫は、偉そうに言いました。
「そうか。トロメライというのは、こういう曲か」
ゴーシュは、何を思ったのか
まず、ハンカチを自分の耳の穴へ、ぎっしり、つめました。
それから、まるで嵐のような勢いで
「インドの虎狩り」という曲を弾きはじめました。
すると、猫は、しばらく、首をまげて聞いていましたが
いきなり、パチパチパチッと、まばたきしたかと思うと
ぱっと飛び上がって、戸の方へ走り出しました。
そして、いきなり、どんと戸へ、ぶつかりましたが
開きませんでした。
猫は、
さあ、これは、もう大変な失敗をしてしまった
というふうに、あわてました。
猫の目や、額から、
ぱちぱち火花を出ました。
すると
ひげからも、鼻からも、火花が出ましたので
猫は、しばらく、
くしゃみをするような顔をしていました。
それから、また
さあ、こうしてはいられないぞ
というように、あわてて、あるきだしました。
ゴーシュは
すっかり面白くなって
ますます勢いよく弾きます。
「先生、もう、たくさんです。
たくさんですよ。
お願いですから、やめてください。
これからは、もう、偉そうなことを言いませんから」
「だまれ。
これから虎をつかまえるところだ」
猫は、
くるしそうな顔をして
飛び上がったり、回ったり
壁に、体を押し付けたりしました。
しまいには、猫は、まるで風車のように
ぐるぐるぐるぐる、ゴーシュのまわりを
まわりました。
ゴーシュも、すこし、目が回って来ましたので、
「さあ、これで許してやるぞ」
と、言いながら、やっと、やめました。
すると猫も、平気な顔をして
「先生、今夜の演奏は、どうかしていますね」
と言いました。
ゴーシュは
また、腹が立ったのですが
まるで、何も気にしていない、というように
タバコを一本だして、くわえました。
それから、マッチを一本、手に持つと
言いました。
「どうだい。
体の調子は悪くないか?
さあ、舌を出してごらん」
猫は、ばかにしたように
とがった長い舌をベロリと出しました。
「ははあ、少し荒れてるね」
ゴーシュは、そう言いながら
いきなり、マッチを舌でシュッとすって
自分のタバコへ、火をつけました。
猫は驚いて
舌を、くるくる、まわしながら、
入り口の戸のところへ行って
頭で、どんと、ぶつかっては、
よろよろとして、また戻って来て
どんと、ぶつかっては
よろよろ、また戻って来て
また、ぶつかっては
よろよろ
何とかして、逃げようとしました。
ゴーシュは、しばらく面白そうに見ていましたが
「出してやるよ。もう来るなよ。ばか」
と、言うと
戸をあけて
猫を逃がしてやりました。
そして
猫が風のように走って行くのを見て、
ちょっと笑いました。
それから、横になると、
ぐっすり眠りました。