(3)
The second night as he was practicing, a cuckoo came to him asking to practice scales to Gauche's cello accompaniment. Gauche repeatedly played "cuckoo, cuckoo", accompanied by the bird. Eventually, he felt that the cuckoo's song was better than his cello. Gauche chased the bird away, causing it to fly into his window, hitting its head.
次の晩も、ゴーシュが、また
黒いチェロのケースをかついで
帰ってきました。
そして水をごくごく飲むと
また、前の晩と同じように
ぐんぐん、チェロを弾きはじめました。
十二時が過ぎて、一時もすぎ、二時もすぎても
ゴーシュは、まだ、やめませんでした。
それから、もう何時なのかも、わからず
弾いていますと
誰かが、天井をこつこつと叩いています。
「猫、また来たのか」
ゴーシュが、叫びますと
いきなり、天井の穴から
ぽろんと音がして
一羽の灰色の鳥が降りて来ました。
床へとまったのを見ると
それは、かっこうでした。
「鳥まで来るなんて。
何の用だ」
ゴーシュが言いました。
「音楽を教えてほしいのです」
かっこうは、言いました。
ゴーシュは、笑って
「音楽だと。
おまえの歌は、かっこう、かっこうというだけじゃないか」
すると、かっこうが、とても真面目に
「ええ、そうなんです。
けれども、それが、難しいんです」
と言いました。
「むずかしいもんか。
おまえたちのは、ただ、たくさん鳴くだけじゃないか。
鳴き方なんか、みんな同じじゃないか」
「そんなことは、ありません。
たとえば、かっこうと、こう鳴くのと
かっこうと、こう鳴くのとでは、
聞いていても、全然違うでしょう」
「違わないね」
「では、あなたには、わからないんです。
わたしたちの仲間なら
かっこうと一万回鳴けば、
一万回、みんな違うんです」
「俺には、わからない。
そんなに、わかってるなら、
何も、おれのところへ来なくてもいいじゃないか」
「ところが、私は
ドレミファを正確に知りたいんです」
「ドレミファなんて、お前たちには、関係ないだろう」
「いいえ、
外国へ行く前に、ぜひ、知りたいんです」
「そんなこと、俺には関係ない」
「先生、どうか、ドレミファを教えてください。
わたしは、一緒にうたいますから」
「うるさいなあ。
じゃあ、三回だけ弾いてやるから
すんだら、さっさと帰るんだぞ」
ゴーシュはチェロを取り上げて
ボロンボロンと弦を合わせてから
ドレミファソラシドと、弾きました。
すると、かっこうは、あわてて
羽を、ばたばた、させました。
「ちがいます、ちがいます。
そんなんじゃないんです」
「うるさいなあ。
では、おまえ、やってごらん」
「こうですよ」
かっこうは、
体を前に曲げて
しばらく、かまえていましたが
それから、
「かっこう」と、一回なきました。
「何だい。それがドレミファか?
それじゃ、おまえたちには、
ドレミファも交響曲第六番も同じなんだな」
「それは違います」
「どう違うんだ」
「むずかしいのは、これをたくさん続けることなんです」
「つまり、こうだろう」
ゴーシュは、またチェロをとって、
かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、かっこうと
つづけて弾きました。
すると、かっこうは、大変よろこんで
途中から
かっこう、かっこう、かっこう、かっこうと
一緒に叫びました。
それも、もう一生懸命、体を曲げて、いつまでも叫ぶのです。
ゴーシュは、とうとう手が痛くなって
「こら、いい加減にしないか」
と言いながら、止めました。
すると、かっこうは
残念そうな顔をして
まだ、しばらく、鳴いていましたが
やっと
「……かっこう、かくう、かっかっかっかっか」
と言ってやめました。
ゴーシュが、すっかり怒ってしまって、
「こら、鳥、
用が済んだら帰れ」
と言いました。
「どうか、もう一度、弾いてください。
あなたのは、正しいようだけれども、少し違うんです」
「何だと。
おれが、お前に教えてもらっているわけじゃないぞ。
帰れ」
「どうか、もう一度だけ、お願いします。
どうか」
かっこうは、頭を何度も、下げました。
「では、これが最後だよ」
ゴーシュは
弓をかまえました。
かっこうは、「くっ」と、ひとつ息をして
「では、なるべく、長くお願いします」
と言って
また、一つ、おじぎをしました。
「困るなあ……」
と、ゴーシュは、にが笑いしながら
弾きはじめました。
すると、かっこうは、また一生懸命、
「かっこう、かっこう、かっこう」
と、体を曲げて叫びました。
ゴーシュは、
初めは、腹が立っていましたが
いつまでも、続けて弾いているうちに
ふっと、何だか、
これは、鳥の方が、ほんとうの正しいドレミファかもしれない
という気がしてきました。
弾けば弾くほど
かっこうの方が、正しいような気がするのでした。
「えい!
こんな馬鹿なことをしていたら
おれは鳥になってしまうじゃないか」
と、ゴーシュは、いきなりチェロをやめました。
すると、かっこうは
頭を強く叩かれたように
ふらふらっとして
それから、また、さっきのように
「かっこう、かっこう、かっこう、かっかっかっかっかっ」
と言ってやめました。
それから、ゴーシュを見ると
「なぜ、やめたんですか。
僕たちなら、どんなやつでも
のどから血が出るまでは叫ぶんですよ」
と言いました。
「何を生意気な。
こんな馬鹿なことをいつまでも、していられるか。
もう出て行け。
見ろ。夜があけそうじゃないか」
ゴーシュは、窓を指さしました。
東のそらが
ぼうっと銀色になっています。
「では、太陽が出るまで。
どうか、もう一度。
ちょっとですから」
かっこうは、また、頭を下げました。
「黙れっ。
いい加減にしろ。
このばか鳥め。
出て行かんのなら、焼いて朝飯に食ってしまうぞ」
ゴーシュは、どんと足で床をふみました。
すると、かっこうは、びっくりしたように
いきなり、窓に向かって飛び立ちました。
そして、ガラスに、はげしく、ぶつかると
ばたっと下へ落ちました。
「何だ、ガラスへ……
馬鹿だなあ」
ゴーシュは、あわてて立って
窓をあけようとしましたが
この窓は、そんなに簡単に開くような窓ではありませんでした。
ゴーシュが、窓を開けようとしていると、
また、かっこうが
ばっと、ぶつかって下へ落ちました。
見ると、くちばしから少し血が出ています。
「今、開けてやるから待っていろ」
ゴーシュが、やっと少しだけ窓をあけたとき、
かっこうは起きあがって
今度こそは、絶対に、というように
じっと窓の向こうの東の空をみつめて、
勢いよく、ぱっと飛びたちました。
もちろん、今度は、前よりひどくガラスに当たって
かっこうは、下へ落ちたまま、しばらく動きません。
つかまえてドアから飛ばしてやろうと
ゴーシュが手を出しましたら
いきなり、かっこうは、目をひらいて
逃げました。
そして、またガラスへ向かって
飛ぼうとするのです。
ゴーシュは、思わず、足を上げて
窓を、ばっと、けりました。
ガラスは、二三枚
大きな音をたてて割れて
外へ落ちました。
そのガラスも何もなくなったところを
かっこうが、外へ飛びだしました。
そして、もう、どこまでも、どこまでも
まっすぐに飛んで行って
とうとう見えなくなってしまいました。
ゴーシュは、しばらく、呆れたように外を見ていましたが、
そのまま倒れるように
部屋のすみで横になると
ぐっすり眠ってしまいました。