(2)
メロスは、単純な男であった。
買い物を、背負ったままで、
のそのそ王の城に、はいって行った。
すぐに彼は、
見張りの者に、とらえられた。
メロスの荷物から、短剣が出て来たので、
騒ぎが大きくなってしまった。
メロスは、王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
王ディオニスは
静かな声で言った。
王の顔は、青ざめていた。
「街を悪い王から救うのだ」
と、メロスは、はっきり答えた。
「おまえがか?」
王は、馬鹿にしたように笑った。
「おまえは何を言っているのだ。
おまえに、わたしの孤独がわかるはずがない」
「黙れ!」
とメロスは、大きな声で言い返した。
「人の心を疑うのは、
人として、最も恥ずかしいことだ。
王は、王を思う人々の心さえ疑っている」
「疑うのが、正しい考え方だと、わたしに教えてくれたのは
おまえたちだ。
人の心を信じてはならない。
人間は、もともと、自分のことばかり考えている。
信用しては、ならない」
王は、落ち着いてつぶやき、
ほっと、ため息をついた。
「わたしも、平和を望んでいるのだが」
「なんのための平和だ。
自分の地位を守るためか」
こんどは、メロスが笑った。
「罪の無い人を殺して、何が平和だ」
「だまれ、馬鹿者が」
王は、さっと顔をあげて言った。
「口では、何とでも言える。
わたしには、
人の腹の中が、奥底まで見える。
おまえも、
殺される前になって、泣いて謝っても、
もう何も聞いてやらないぞ」
「私は、ちゃんと死ぬ覚悟ができている。
泣いて謝ったりなど、しない。
ただ、──」
と言いかけて、
メロスは足もとに視線を落として、一瞬ためらった。
「ただ、私のことを思ってくれるなら、
処刑を三日待ってください。
たった一人の妹を結婚させてやりたいのです。
三日のうちに、私は村で結婚式をあげさせ、
必ず、ここへ帰って来ます」
「ばかな」と言うと
王は低く笑った。
「とんでもない嘘を言う。
逃がした小鳥が帰って来るというのか」
「そうです。帰って来るのです」
メロスは、必死で言った。
「私は約束を守ります。
私を、三日間だけ許してください。
妹が、私の帰りを待っている。
そんなに私を信じられないならば、
よろしい、
この街にセリヌンティウスという石工がいます。
私の親友だ。
あれを、人質としてここに置いて行こう。
私が逃げてしまって、
三日目の日暮れまでに、ここへ帰って来なかったら、
あの友人を、殺してください。
たのむ、そうしてください」
それを聞いて
王は、
残虐な微笑みを顔に浮かべた。
……生意気なことを言う。
どうせ帰って来ないにきまっている。
この嘘つきに、だまされた振りをして、
放してやるのも面白い。
そうして身代わりの男を、三日目に殺してやる。
人は、これだから信じられないのだ
と、悲しい顔をして、
その身代わりの男を処刑してやるのだ。
世の中の、正直者とかいう奴らに
うんと見せつけてやる。……
「願いを、聞いた。
その身代わりを呼べ。
三日目の日没までに帰って来い。
おくれたら、その身代わりを、必ず殺すぞ。
ちょっと、おくれて帰って来い。
そうすれば、おまえの罪は、永遠にゆるしてやる」
「なに、何をおっしゃる」
「はは。
いのちが大事だったら、おくれて来い。
おまえの心は、わかっているぞ」
メロスは悔しかった。
何も言いたくなくなった。
親友セリヌンティウスは、
深夜、王の城に連れて来られた。
王ディオニスの前で、
二人は、二年ぶりに会った。
メロスは、友に事情をすべて語った。
セリヌンティウスは、黙ってうなずき、
メロスを強く抱きしめた。
友と友の間は、それでよかった。
セリヌンティウスは、縄で縛られた。
メロスは、すぐに出発した。
初夏、夜空は星でいっぱいだった。